10  機械学習は次の元素を選べるか

計算機は、次に作るべき試料を教えてくれるのか。
答えは「教えてくれない。ただし、候補を絞ることはできる」である。

1 なぜ機械学習が出てくるのか

前章までで、室温強磁性を左右する変数が少なくとも四つあると分かった。しかも互いに絡んでいる。ある元素を置換すれば、席の占有も、価数も、格子の大きさも、酸素空孔のできやすさも、同時に動く。

置換の候補になる三価の元素は、周期表に数十ある。それぞれ量を変えて作り、XRD・XPS・磁化を測るには、一組あたり数週間かかる。全部を試すことはできない。

そこで問いが変わる。どれを先に試すか。

この章で読む論文

A. Hagiya, T. Asakura, T. Sekiya, T. Kataoka, K. Komatsu, K. Sato,
“Thallium substitution effects on Co valence states and room-temperature ferromagnetism in Co-doped In₂O₃: Experimental and machine-learning insights”,
J. Magn. Magn. Mater. 630, 173450 (2025).(第8・9章と同じ論文)

2 二つの記述子

やり方は素朴である。手元にあるデータは Al 系列と Tl 系列、あわせて 9 組成である。この 9 点から、置換元素の性質と結果のあいだの関係を学習させる。

入力(記述子)は二つだけに絞られた。

  • イオン半径 ― 第3章から一貫して使ってきた、席の選択を決める量
  • イオン化ポテンシャル ― 電子をはぎ取るのに要るエネルギー。電子のやりとりのしやすさを表す

出力(目的変数)も二つである。

  • Co³⁺ の割合
  • 室温強磁性 RTF(\(\mu_{\mathrm B}\)/Co)

使われた手法はリッジ回帰である。ふつうの直線当てはめ(最小二乗法)に、係数が大きくなりすぎることへの罰則を加えたものだ。

\[ \min_{\boldsymbol w}\ \|\boldsymbol y - X\boldsymbol w\|^2 + \alpha \|\boldsymbol w\|^2 \tag{1}\]

第一項は「データに合わせろ」、第二項は「係数を無理に大きくするな」という要求である。\(\alpha\) がその力関係を決める。データ点が少ないとき、最小二乗法は少数の点に引っ張られて極端な係数を出しがちなので、この罰則が効く。

使われているのは、入力 2 個・出力 1 個の直線当てはめである。深層学習でも巨大モデルでもない。データが 9 点しかないのだから、これ以上複雑なものは使えない。

3 決定係数は高い

学習の成績は次のとおりである。

目的変数 データ分割 RMSE \(R^2\)
Co³⁺ 割合 検証 0.039 0.97
Co³⁺ 割合 テスト 0.087 0.85
RTF (\(\mu_{\mathrm B}\)/Co) 検証 0.0028 0.97
RTF (\(\mu_{\mathrm B}\)/Co) テスト 0.039 0.91

\(R^2\) は 0.85 から 0.97 である。1 に近いほどよいとされる指標だから、これだけ見れば「よく当たっている」と読みたくなる。論文の要旨も「高い精度で予測した(\(R^2 \geq 0.85\))」と書いている。

ここで立ち止まる。\(R^2\)相対的な指標である。データのばらつきのうち何割を説明できたかを測るものであって、予測の絶対的な正確さを測るものではない。絶対的な誤差の大きさは RMSE のほうに出る。

そこで、RTF のテスト RMSE 0.039 \(\mu_{\mathrm B}\)/Co を、データそのものと比べてみる。

4 誤差をデータの幅と比べる

学習に使えた RTF の値は 6 個である。

試料 RTF (\(\mu_{\mathrm B}\)/Co)
無置換 0.064
Tl 0.1 0.019
Tl 0.2 0.010
Al 0.1 0.038
Al 0.2 0.014
Al 0.3 0.011

最大 0.064、最小 0.010。幅は 0.054 である。

テストの RMSE は 0.039 だった。データ全体の幅 0.054 に対して、72 % にあたる。

誤差の大きさが、データの全変動と同じ桁である。この模型は、ある組成の RTF を「最大値くらいか、最小値くらいか」を区別できるほどの精度をもっていない。\(R^2 = 0.91\) という数字だけを見て「高精度」と言うことはできない。

図 1 (a) が、この関係を一本の数直線に載せたものである。

図 1: この図が言うこと:(a) テスト誤差の幅(薄い帯)が学習データの散らばりとほぼ同じ大きさで、しかも予測値はデータの外にある。(b) 二つの目的変数を支配する記述子が違う。図:著者作成(Hagiya ら, J. Magn. Magn. Mater. 630 (2025) 173450, Table 3・4・5・6)。

5 予測はデータの外にある

学習した模型を、まだ作っていない組成 In₁.₆M₀.₃Co₀.₁O₃ に当てはめると、有望な候補が並ぶ。

順位 Co³⁺ 割合 RTF (\(\mu_{\mathrm B}\)/Co)
1 Ac 0.98 Ac 0.20
2 Pr 0.91 Lu 0.19
3 Lu 0.90 Pr 0.19
4 Ce 0.90 Nd 0.19
5 Nd 0.90 Ce 0.19

Pr・Lu・Ce・Nd という希土類が並ぶ。イオン半径が大きく、イオン化ポテンシャルが小さいという条件を満たす元素である。

ここで二つのことに気づいてほしい。

一つ目。予測された RTF は 0.19〜0.20 である。学習データの最大値は 0.064 だった。予測はその 3.1 倍、データが一度も経験していない領域にある。直線を引いて、その延長線上を読んでいるのである。これを外挿という。

直線当てはめは、データのある範囲では信頼できても、外では何の保証もない。まして、図 1 (a) が示すとおり、この模型の誤差はデータの幅と同じ大きさである。その模型で 3 倍先を読むのは、慎重に扱うべき操作である。

二つ目。第 1 位は Ac、アクチニウムである。放射性元素であり、実際に試料を作ることはできない。論文自身が「模型の出力の完全性のために示したが、放射能のため実際の合成からは除外する」と注記している。

模型は「作れるかどうか」を知らない。イオン半径とイオン化ポテンシャルという二つの数しか見ていないのだから、当然である。模型が何を見ていないかは、模型を使う人間が知っていなければならない。

6 模型自身が語る、第8章の失敗

この章でいちばん面白いのは、実は予測ではない。係数である。

リッジ回帰は直線当てはめだから、各記述子が結果にどれだけ効くかが係数として出る。規格化した係数は次のとおりである。

記述子 Co³⁺ 割合 RTF
イオン半径 +0.39 +0.11
イオン化ポテンシャル −0.20 −0.60

Co³⁺ の割合を支配しているのはイオン半径(+0.39)である。大きいイオンを入れれば Co³⁺ が増える。第3章のイオン半径の議論と、第8章で Tl が実際に Co³⁺ を増やした事実に、そのまま対応する。

一方、RTF を支配しているのはイオン化ポテンシャル(−0.60)である。イオン半径の寄与(+0.11)は、その 5 分の 1 以下しかない。

二つの目的変数は、別の記述子に支配されている。Co³⁺ を動かすつまみと、室温強磁性を動かすつまみが、そもそも違う。第7章で立てた「Co³⁺ を増やせば強磁性が強くなる」という予測が外れた理由が、模型の係数のなかに現れている。

これは、機械学習が最も役に立った瞬間かもしれない。予測を当てたからではない。変数どうしの関係について、人間が立てていた前提が間違っていたことを示したからである。

7 機械学習をどう位置づけるか

以上をまとめると、この章の道具の位置づけは次のようになる。

機械学習は答えを出す装置ではない。次に作る試料を選ぶための、圧縮された仮説である。

「圧縮された」というのは、9 点の実験データと二つの記述子を、数本の係数にまとめたという意味である。「仮説」というのは、それが検証されるまでは主張ではないという意味である。

この位置づけを守れば、模型は正しく役に立つ。

  • 数十ある候補を 4 つに絞る ― 役に立つ
  • どの記述子が効いているかの手がかりを与える ― 役に立つ
  • Pr を入れれば RTF が 0.19 になると保証する ― できない
  • 作れない元素を除外する ― できない(人間の仕事)

この章で言ってはいけないこと

  • 「機械学習が新材料を発見した」 ― 発見していない。候補を挙げただけである。
  • \(R^2\) が 0.91 だから予測は正確である」 ― 誤差はデータの幅の 72 % ある。
  • 「希土類を入れれば室温強磁性が強くなる」 ― 未検証の外挿である。

これらは、この分野の論文や紹介記事でしばしば見かける言い方でもある。元の論文はいずれも書いていない。要旨の「高い精度で(\(R^2 \geq 0.85\))」という表現が、\(R^2\) だけを根拠にしている点は、読者として気をつけて読むべきところである。

8 小課題

小課題 10-1:\(R^2\) と RMSE を並べて読む

RTF の学習データは 0.010、0.011、0.014、0.019、0.038、0.064 の 6 点である。テストの RMSE は 0.039、\(R^2\) は 0.91 と報告されている。

  1. データの幅(最大−最小)を求めよ。
  2. RMSE は幅の何 % か。
  3. この模型が「ある組成の RTF は 0.03 である」と予測したとき、実際の値はどの範囲にありうると考えるべきか。
    1. の答えを踏まえて、\(R^2 = 0.91\) という数字をどう読むべきか、一文で書け。

解答例を見る

(i) \(0.064 - 0.010 = 0.054\)

(ii) \(0.039 / 0.054 = 0.72\)、すなわち 72 %

(iii) RMSE を典型的な誤差とみなせば、実際の値は \(0.03 \pm 0.039\)、つまり −0.009 から 0.069 の範囲にありうる。下限は負になってしまうので、実質的には 0 から 0.07、つまりデータの全範囲である。予測はほとんど情報をもたない。

(iv) \(R^2\) が高いのは、6 点のうち 1 点(無置換の 0.064)が他より大きく離れているためであり、そのばらつきを説明できたことと、新しい組成を正確に予測できることは別である

補足すると、\(R^2\) は「データの分散のうち何割を説明したか」を測る。少数の点で、しかも 1 点が飛び離れていると、その点を大まかに当てるだけで \(R^2\) は高くなる。データ点が少ないときは、\(R^2\) ではなく誤差の絶対値をデータの幅と比べるほうが正直である。

小課題 10-2:係数から第8章を説明する

規格化係数の表を見て、次に答えよ。

  1. Co³⁺ の割合を最も強く支配している記述子はどれか。
  2. RTF を最も強く支配している記述子はどれか。
  3. この二つの答えから、第7章で立てた「Co³⁺ を増やせば強磁性が強くなる」という予測がなぜ外れたのかを説明せよ。

解答例を見る

(i) イオン半径(+0.39)。イオン化ポテンシャルの −0.20 の 2 倍近い。

(ii) イオン化ポテンシャル(−0.60)。イオン半径の +0.11 の 5 倍以上。

(iii) 第7章の予測は、「Co³⁺ の量」という一つの量が「室温強磁性」を決めると仮定していた。もしそうなら、Co³⁺ を動かす記述子と RTF を動かす記述子は同じでなければならない。

しかし係数はそうなっていない。Co³⁺ を動かすのは主にイオン半径、RTF を動かすのは主にイオン化ポテンシャルである。別のつまみが別の量を動かしている。

Tl は大きいイオンなので、イオン半径のつまみを大きく回した。だから Co³⁺ は増えた。しかし Tl のイオン化ポテンシャルが RTF にとって有利な向きだったかどうかは別の話で、実際には不利に働いた。二つの効果が別々である以上、片方を動かしてもう片方が思ったとおりについてくる保証はない。

なお、この説明は模型が語る一つの読みであって、物理的な機構ではない。第9章の格子膨張の議論と両立するが、どちらが「本当の理由」かを決めるものではない。係数は相関の要約であって、因果ではない。

小課題 10-3:模型が知らないこと

予測の第 1 位はアクチニウム(Ac)だった。放射性元素であり、実際には使えない。

模型がこれを候補として出してしまうのはなぜか。そして、模型に「Ac を出すな」と教えるには何が必要か。この例から、材料探索に機械学習を使うときの一般的な注意を一つ導け。

解答例を見る

模型が見ているのは、イオン半径とイオン化ポテンシャルという二つの数だけである。Ac はこの二つについて有利な値をもつ。放射性であること、入手できないこと、価格、毒性、酸化物として安定に存在するかどうか――これらはどれも記述子に入っていないので、模型には見えない。

「Ac を出すな」と教えるには、二通りの方法がある。

  • 記述子を増やす(放射能の有無、資源量、標準生成エンタルピーなど)。ただし記述子を増やすとデータ 9 点では足りなくなる。
  • 後段で除外する。模型に予測させたあと、人間が実現可能性で足切りをする。論文が実際にとったのはこちらである。

一般的な注意としては、次のように言える。模型の出力は、記述子に入れた情報の範囲でしか意味をもたない。入れなかった制約は、模型が知らないまま出力に現れる。だから、模型を使う人間は「何を入れなかったか」を常に把握していなければならない。

これは機械学習に限った話ではない。第9章で見た BMP 模型も、「ポーラロンの大きさに分布がない」という入れなかった仮定のぶんだけ、出力を割り引いて読む必要があった。模型はすべて、入れた仮定の範囲でしか答えない。

9 この章の位置づけ

本書はここまで、一つの物質をめぐって道具が増えていく過程をたどってきた。磁化曲線、回折、光電子分光、そして機械学習。道具は増えたが、問いの立て方は変わっていない。

何が観測され、どこまで解釈でき、何がまだ検証されていないか。

機械学習はこの三段のうち、真ん中を助ける道具である。観測を代わりにやってはくれないし、未検証を検証済みに変えてもくれない。次に何を作るかを選ぶ手がかりを与えるだけである。

そして、それは十分に価値がある。数十の候補を四つに絞れたなら、次の一年でやるべき実験が決まる。

第10章で言えること

イオン半径とイオン化ポテンシャルの 2 記述子によるリッジ回帰は、9 組成の学習データに対して \(R^2 = 0.85\)–0.97 を与える。RTF のテスト RMSE は 0.039 \(\mu_{\mathrm B}\)/Co で、学習データの幅 0.054 の 72 % にあたる。規格化係数は、Co³⁺ 割合をイオン半径(+0.39)が、RTF をイオン化ポテンシャル(−0.60)が支配することを示す。未合成組成への予測は Ac・Pr・Lu・Ce・Nd を上位に挙げ、予測値は学習データ最大値の 3.1 倍にあたる。

二つの目的変数が別の記述子に支配されていることは、第7章の予測が外れた理由の一つの説明になる。模型は候補を数十から数個に絞る道具として有効である。

予測された希土類置換で室温強磁性が実際に強くなること。9 点で学習した直線が、その 3 倍の領域まで外挿できること。