3 In₂O₃ には二種類の席がある
「Co を x % 入れた」と言うとき、Co はどこに座っているのか。
In₂O₃ の陽イオンの席は一種類ではない。ここから、問いが一段深くなる。
1 bixbyite という構造
前章までは、In₂O₃ を「Co を入れる箱」としてしか見てこなかった。ここからは箱の中身を見る。
In₂O₃ は立方晶の bixbyite(ビックスバイト)構造 をとる。空間群は \(Ia\bar3\)(No. 206)、立方晶の格子定数は \(a = 10.1242\) Å である(Kumagai ら 2019 年の精密化値)。一辺 10 Å の立方体のなかに、In が 32 個、O が 48 個入っている。
この構造の要点は一つだけである。陽イオンの席が二種類ある。
結晶学ではそれぞれの席に Wyckoff 記号という名前がつく。In₂O₃ の陽イオンの席は 24d と 8b と呼ばれる。数字は単位胞あたりの個数で、24d が 24 個、8b が 8 個ある。
単位胞あたり 24d が 24 席、8b が 8 席。比は 3 : 1 である。Co を入れたとき、どちらに座るかで環境が変わる。
2 二つの席は何が違うか
どちらの席も、周りを 6 個の酸素が取り囲む六配位である。ここまでは同じだが、その 6 個の並び方が違う。
図 1 に、二つの席の配位環境を示す。左が 8b、中央が 24d、右が両者の金属–酸素距離である。
8b サイトでは、6 本の金属–酸素距離がすべて 2.166 Å で等しい。しかもこの席には反転中心がある。ある酸素の位置ベクトルを \(\boldsymbol r\) とすると、\(-\boldsymbol r\) の位置にも必ず酸素がいる。6 個が 3 組の向かい合う対をつくっているのである。
24d サイトでは、6 本の距離が 2.052 Å、2.239 Å、2.350 Å の 3 種類に分かれ、それぞれ 2 本ずつある。最短と最長の差は 0.30 Å で、平均の 14 % にあたる。かなり歪んだ八面体である。そしてこの席には反転中心がない。6 個の酸素のうち、向かい合う対をつくっているものは一つもない。
8b は中心対称で等方的、24d は非中心対称で歪んでいる。同じ「六配位」でも、そこに座るイオンが感じる環境はまったく別物である。
この違いは、あとの章で効いてくる。結晶場の強さと形は、周りの酸素の距離と配置で決まる。第4章で見るように、Co³⁺ のスピン状態は結晶場と Hund 結合の綱引きで決まるから、席が違えばスピン状態も変わりうる。
3 イオン半径から席を予想する
では、ある元素はどちらの席を選ぶのか。第一の目安はイオン半径である。狭い席には小さいイオン、広い席には大きいイオンが入りやすい。
六配位でのイオン半径を並べる。
| イオン | 半径 (Å) |
|---|---|
| Al³⁺ | 0.535 |
| Co³⁺(低スピン) | 0.545 |
| Co²⁺(高スピン) | 0.745 |
| In³⁺ | 0.800 |
| Tl³⁺ | 0.885 |
In³⁺ の 0.800 Å を基準にすると、Co²⁺ はやや小さく、Co³⁺(低スピン)はかなり小さい。Al³⁺ はもっと小さく、Tl³⁺ だけが In³⁺ より大きい。
平均の金属–酸素距離は 8b で 2.166 Å、24d で 2.214 Å だから、8b のほうがわずかに狭い。したがって、小さいイオンは 8b を、大きいイオンは 24d を好むと予想できる。
予想であって、決定ではない
イオン半径は目安の一つにすぎない。実際の席の選択には、価数(電荷のつり合い)、結合の共有性、格子のひずみ、作製時の速度論も効く。半径から立てた予想は、回折実験で確かめなければならない。この「予想して、測って、確かめる」往復こそが、第5章から第8章の中身である。
4 先行研究が示した道筋
Co:In₂O₃ に先立って、同じ問いを Fe について調べた研究がある。
この節で読む論文
S. Yan, W. Qiao, W. Zhong, C.-T. Au, Y. Dou,
“Effects of site occupancy and valence state of Fe ions on ferromagnetism in Fe-doped In₂O₃ diluted magnetic semiconductor”,
Appl. Phys. Lett. 104, 062404 (2014).
Yan らは、Fe を加えた In₂O₃ について次のような像を提案した。
- Fe³⁺ は主として 8b サイトを占める。
- 酸素空孔ができると、それに伴って Fe²⁺ が生じる。
- Fe²⁺ は 24d サイトを占めやすい。
- 席の占有と価数の組み合わせが、室温強磁性と関係する。
イオン半径の目安と合わせて読むと、この像は理解しやすい。Fe³⁺(六配位で 0.645 Å)は Fe²⁺(高スピンで 0.780 Å)より小さいので、狭い 8b を好む。酸素空孔が電子を供給して Fe³⁺ が Fe²⁺ に還元されると、大きくなって 24d へ移る。
問いが「磁性元素を何 % 入れたか」から、「その元素は、どの席に座り、何価になっているか」へ移った。この二つは、同じ物質でも別の答えを与える。
Yan らの仕事は Fe についてのものだった。Co ではどうなのか。Co³⁺ はどちらの席に入り、どのスピン状態をとるのか。この問いに答えるには、まず「何を測れば何が分かるか」を整理しなければならない。それが次章である。
5 小課題
小課題 3-1:単位胞の中身を数える
In₂O₃ の bixbyite 単位胞には In が 32 個、O が 48 個ある。
- 化学式 In₂O₃ の単位が、単位胞あたり何個入っているか。
- 陽イオンの席は 24d が 24 個、8b が 8 個である。合計が (i) と整合することを確かめよ。
- 24d と 8b の個数比を求めよ。
解答例を見る
(i) In が 32 個なので、In₂O₃ の単位は \(32/2 = 16\) 個。このとき O は \(16 \times 3 = 48\) 個で、与えられた数と一致する。
(ii) \(24 + 8 = 32\) で、In の個数と一致する。陽イオンの席はこの二種類ですべてである。
(iii) \(24 : 8 = 3 : 1\)。Co を無作為に入れたなら、4 個に 3 個が 24d に入ることになる。実際には無作為ではなく、イオン半径と価数によって偏る。その偏りを測るのが第5章の仕事である。
小課題 3-2:歪みの大きさを見積もる
24d サイトの金属–酸素距離は 2.052、2.239、2.350 Å の 3 種類である(それぞれ 2 本)。
- 平均値を求めよ。
- 最長と最短の差は、平均の何 % か。
- 8b サイト(6 本とも 2.166 Å)と比べて、どちらの席に入ったイオンのほうが、結晶場が「方向によって違う」と感じるか。
解答例を見る
(i) \((2.052 \times 2 + 2.239 \times 2 + 2.350 \times 2)/6 = 2.214\) Å。
(ii) \((2.350 - 2.052)/2.214 = 0.135\)、つまり 約 14 %。
(iii) 24d である。6 本の距離が等しい 8b では、結晶場は方向によらずほぼ同じ強さだが、24d では方向によって 14 % も違う。この非等方性が、d 軌道の分裂の仕方を変える。第4章で扱う \(t_{2g}\)–\(e_g\) の分裂は、等方的な八面体を前提にした近似であって、24d ではさらに細かい分裂が加わる。
6 この章の位置づけ
第2章で「組成のほかに磁性を決めている変数がある」ところまで来た。本章はその変数の一つに具体的な名前を与えた。席である。
ただし、席だけではまだ足りない。同じ席に座っても、Co が 2 価か 3 価かで話が変わり、3 価ならスピン状態が三通りありうる。次章では、席・価数・スピン状態という三つを分けて考える道具を用意する。
第3章で言えること
In₂O₃ の bixbyite 構造には陽イオンの席が二種類あり、単位胞あたり 24d が 24 席、8b が 8 席(比 3 : 1)ある。8b は 6 本の金属–酸素距離がすべて 2.166 Å で反転中心をもち、24d は 2.052 / 2.239 / 2.350 Å の 3 種類が 2 本ずつで反転中心をもたない。
平均距離は 8b が 2.166 Å、24d が 2.214 Å なので、小さいイオンは 8b を、大きいイオンは 24d を好むと予想される。Fe 系では Fe³⁺ が 8b、Fe²⁺ が 24d を占めやすいと Yan ら(2014 年、Appl. Phys. Lett. 104, 062404)が報告している。
Co²⁺ と Co³⁺ が実際にどちらの席を占めるか。イオン半径以外の要因(電荷のつり合い、共有性、作製の速度論)がどれだけ効くか。