5  Co を増やすと何が起こるか

Co を増やせば磁性は強くなるはずではないのか。
磁性元素を増やしたのに、1 個あたりの磁気モーメントは小さくなる。その理由を追う。

1 濃度を振るという実験

前章までで道具がそろった。ここから、著者らの研究室の仕事に入る。

この章で読む論文

H. Kumagai, Y. Hara, K. Sato,
“Site occupancy, valence state, and spin state of Co ions in Co-doped In₂O₃ diluted magnetic semiconductor”,
J. Magn. Magn. Mater. 489, 165358 (2019).

実験の設計は素朴で、そのぶん強い。化学溶液法で In₂₋ₓCoₓO₃ の粉末をつくり、Co 量 \(x\)\(0\) から \(0.12\) まで 8 段階に振る。そして同じ試料一式に対して、XRD・XPS・磁化測定を全部かける。前章で用意した三つの窓を、同じ試料に同時に開けるわけである。

期待は素朴でよい。磁性を担うのは Co だから、Co を増やせば磁性は強くなるはずである。

2 格子定数が語ること

まず XRD である。図 1 (a) に、リートベルト解析で決めた格子定数 \(a\) の Co 濃度依存を示す。

図 1: この図が言うこと:(a) Co を入れると格子は縮むが、\(x = 0.044\) あたりで縮むのをやめる。(b) Co³⁺ が増えたときに \(p_{\mathrm{eff}}\) がどう動くかは、Co³⁺ のスピン状態によって向きが逆になる。図:著者作成((a) は Kumagai ら, J. Magn. Magn. Mater. 489 (2019) 165358, Table 1 の精密化値。(b) は同論文の混合式 式 4 から本書で計算)。

\(x = 0\) での \(a = 10.1242\) Å から、\(x = 0.052\)\(10.1183\) Å まで、格子は 0.0059 Å だけ縮む。理由は単純で、In³⁺(0.800 Å)より小さい Co²⁺(高スピンで 0.745 Å)が置き換わるからである。小さいイオンが入れば格子は縮む。

面白いのはその先である。\(x = 0.052\) より Co を増やしても、格子はもう縮まない\(x = 0.052\) から \(0.12\) までの 4 点はすべて 10.118〜10.120 Å の範囲に収まり、ばらつきは 0.0015 Å しかない。

Co を入れ続けているのに格子が反応しなくなった。これは、入っている Co の性質が途中で変わったことを示唆する。

格子定数が飽和したという事実は、\(x \approx 0.05\) を境に、Co の入り方に何かの切り替わりが起きたことを意味する。

リートベルト解析による席の占有率も、同じ境目を示している。24d サイトの Co 占有率は \(x\) とともに増えるが、\(x > 0.079\) で飽和する。一方 8b サイトの占有率は \(x < 0.079\) ではほとんど増えず、\(x > 0.079\) で急に増える。低濃度では Co は 24d に、高濃度になると 8b にも入り始める。

3 XPS が見た価数

次に XPS である。Co の 2p 内殻からの光電子スペクトルには、780 eV 付近と 796 eV 付近にスピン軌道分裂した二本のピークが出る。さらに 786 eV と 802 eV 付近に強いサテライト構造が現れる。この強いサテライトは Co²⁺ の特徴である。

低濃度域(\(x = 0.044\))のスペクトルは、Co²⁺ の標準物質である CoO のスペクトルだけで再現できた。つまりこの領域の Co はすべて 2 価である。

濃度を上げていくと、\(x \geq 0.052\) で Co³⁺ の成分が現れ始める。

三つの証拠が同じ境目を指している。格子定数が飽和する濃度、8b の占有が始まる濃度、Co³⁺ が現れる濃度。これらはいずれも \(x \approx 0.05\) 付近である。

低濃度では Co²⁺ が 24d に入る。高濃度になると Co³⁺ が 8b に現れる。第3章のイオン半径の予想(小さいイオンは狭い 8b を好む)と整合している。Co³⁺ は低スピンなら 0.545 Å で、In³⁺ よりずっと小さい。

4 有効ボーア磁子数が減る

最後に磁化測定である。100 K 以上の磁化率を Curie–Weiss 則(式 1)で当てはめ、Curie 定数から \(p_{\mathrm{eff}}\) を求める。

低濃度域(\(x \leq 0.044\))では \(p_{\mathrm{eff}} \approx 3.8\) で一定だった。これは Co²⁺ 高スピン(\(S = 3/2\))の spin-only 値 3.87 とよく合う。XPS が「この領域の Co はすべて 2 価」と言っているのと、きれいに整合する。

そして高濃度域では、\(p_{\mathrm{eff}}\)減る

素朴な期待は裏切られた。磁性元素を増やしたのに、Co 1 個あたりの磁気モーメントは小さくなったのである。

5 減ったという事実から何が言えるか

ここで 式 4 を使う。Co³⁺ の割合を \(f\) として、

\[ p_{\mathrm{eff}} = (1-f) \times 3.87 + f \times p_{\mathrm{eff}}(\mathrm{Co}^{3+}, S) \]

\(S = 0, 1, 2\) について描いたのが 図 1 (b) である。三本の線の向きが違うことに注目してほしい。

  • Co³⁺ が LS\(p_{\mathrm{eff}} = 0\))なら、\(f\) が増えると 3.87 から 0 へ下がる
  • Co³⁺ が IS(2.83)なら、3.87 から 2.83 へゆるやかに下がる
  • Co³⁺ が HS(4.90)なら、3.87 から 4.90 へ上がる

測定は下がった。したがって、

Co³⁺ が高スピンである可能性は排除される。残るのは低スピンか中間スピンのどちらかである。

この一手で選択肢が三つから二つに減った。減り方の急さから、どちらかまで決められないか。論文はここで慎重である。濃度依存の形は LS で再現できるが、IS も排除はできないと書いている。実際、\(x = 0.095\) の測定値はむしろ \(S = 1\) の線に近い。

ここで決めきらないことの意味

「LS または IS」という留保は、歯切れが悪いのではなく、証拠がそこまでしか言わせないというだけである。この段階で「LS である」と書いてしまえば、後から出てくる証拠を公平に扱えなくなる。

この留保は第7章で解ける。そこでは Co の濃度ではなく Al の量を振り、まったく別の切り口から同じ問いに当たる。同じ問いに二つの独立な実験を当てて初めて、主張を一段強くできる。

6 小課題

小課題 5-1:格子定数から Co の量を見積もる

Vegard 則(格子定数が組成に比例して変わる)を仮定する。In³⁺ の半径 0.800 Å、Co²⁺(HS)の半径 0.745 Å、In₂O₃ の格子定数 10.1242 Å とする。

  1. In の 2.2 %(\(x = 0.044\) に相当)が Co²⁺ に置き換わったとき、平均の陽イオン半径は何 % 縮むか。
  2. 格子定数も同じ割合で縮むとすると、\(a\) は何 Å 減るか。
  3. 実測の減少(\(x=0\) から \(x=0.044\) で 0.0050 Å)と比べよ。

解答例を見る

(i) In₂₋ₓCoₓO₃ で \(x = 0.044\) のとき、陽イオン 2 個のうち 0.044 個が Co なので割合は \(0.044/2 = 0.022\)(2.2 %)。平均半径は

\[0.978 \times 0.800 + 0.022 \times 0.745 = 0.7988\ \text{Å}\]

もとの 0.800 Å からの変化は \(-0.0012\) Å、割合にして \(-0.15\) %。

(ii) \(10.1242 \times 0.0015 = 0.015\) Å。

(iii) 実測は 0.0050 Å なので、見積もりは実測の 3 倍である。単純な Vegard 則は縮み方を過大に見積もる。

ずれの理由はいくつも考えられる。格子定数は陽イオン半径だけでなく酸素との結合の性質にも依存すること、置換によって周りの酸素が緩和すること、そして Co が 24d と 8b に均等に入っているわけではないこと。オーダーは合っているが係数は合わない――この程度の一致をどう読むかが、実験を読む練習になる。少なくとも「格子が縮む向き」は正しく予言できている。

小課題 5-2:どこまで言えるか

本章で得られた三つの事実を並べる。

  • 格子定数は \(x \approx 0.05\) で縮むのをやめる
  • XPS では \(x \geq 0.052\) で Co³⁺ が現れる
  • \(p_{\mathrm{eff}}\)\(x \leq 0.044\) で 3.8、それより高濃度で減る

この三つから、(i) 断定できること、(ii) 示唆されるが断定できないこと、を分けて書け。

解答例を見る

(i) 断定できること

  • 高濃度域には Co³⁺ が存在する(XPS の直接の観測)。
  • Co³⁺ は高スピン状態ではない。もし HS なら \(p_{\mathrm{eff}}\) は増えるはずで、測定と逆向きになる。

(ii) 示唆されるが断定できないこと

  • Co³⁺ が低スピンか中間スピンか。濃度依存の形は LS でよく再現できるが、IS を排除するには足りない。
  • Co³⁺ が 8b サイトに入っていること。XRD の占有率解析はそれを示唆するが、Co と In は電子数が近く、この解析の感度は高くない。格子定数の飽和という別の証拠と合わせて、初めてもっともらしくなる。
  • \(x \approx 0.05\) で「切り替わり」が起きる理由。三つの事実が同じ濃度を指すことは偶然ではなさそうだが、その機構までは本章のデータからは出ない。

7 この章の位置づけ

「磁性元素を増やせば磁性が強くなる」という素朴な期待は、この章で壊れた。壊れたおかげで、Co の内部状態(席・価数・スピン)が実際に効いていることが実験で示された。

だが、ここで扱ったのはあくまで常磁性の磁化率である。第1章と第2章で問題にしていた室温強磁性は、まだ一度も出てきていない。\(p_{\mathrm{eff}}\) が語るのは、ばらばらの向きを向いた個々のイオンの磁気モーメントの大きさであって、それらが揃うかどうかではない。

揃える仕組みは何なのか。次章では、いったん著者らの研究室を離れ、この問いを正面から扱った論文を読む。

第5章で言えること

In₂₋ₓCoₓO₃ で Co 量を増やすと、格子定数は \(x \approx 0.05\) まで縮んでから飽和し、XPS では \(x \geq 0.052\) で Co³⁺ が現れ、\(p_{\mathrm{eff}}\) は低濃度の 3.8 から高濃度で減少する。

低濃度では Co²⁺(高スピン)が 24d に入り、高濃度になると Co³⁺ が 8b に現れる。\(p_{\mathrm{eff}}\) が減ることから、Co³⁺ は高スピンではない。

Co³⁺ が低スピンか中間スピンか。\(x \approx 0.05\) で切り替わりが起きる機構。そして、これらの内部状態と室温強磁性がどう結びつくか。