flowchart LR
A["a または c/a を<br>粗く5点振る"] --> B["各点で<br>E を計算"]
B --> C["二次フィットで<br>谷の最小を読む"]
C --> D["a≈2.49 Å / c/a≈1.60<br>(粗条件の最小・概形)"]
D -. "≠(本書では未実施)" .-> R["relax / vc-relax<br>=確定格子の座標"]
12 a と c/a を粗く動かす
計算機は「格子定数はいくらだ」とは答えてくれない。
返ってくるのは、与えた格子でのエネルギーだけである。では、谷の底はどう読めばよいのか。
この章のゴール:格子を直接は返さない計算から、\(E(a)\)・\(E(c/a)\) を粗く5点だけ振って二次関数でフィットし、谷の底を読む手続きを理解する。そのうえで、本章でいちばん大事な線――粗い5点スキャンの最小は、力やストレスで構造を緩めて得る確定格子(relax / vc-relax)ではない――を、自分の言葉で引けるようになる。
ここまで、コバルトの格子は実験値 \(a=2.507\ \text{Å}\)・\(c/a=1.6228\) に固定して計算してきた。形は外から与え、その形のうえで磁性や金属性を調べてきたのである。ここで問いを反転させてみる。もし格子定数を知らなかったとしたら、計算からそれをどう探し当てるのか。本章は、格子を直接は返さない計算から谷を読む手続きを扱う。題材は Phase6 の \(E(a)\) と Phase7 の \(E(c/a)\) である。引くべき線を先に言っておく。谷の概形はちゃんと読める。だが読めるのは概形までで、確定した格子定数ではない。この線引きを、本章で書ききる。
1 計算は格子を直接は返さない
第一原理計算が返すのは、「与えた配置での全エネルギーと、各原子にはたらく力」である。「最も安定な格子定数はいくらか」という問いに、計算機が一発で数字を返すわけではない。だから格子を知りたければ、こちらが格子をいくつか振り、それぞれのエネルギーを並べ、最も低い点を読む、という翻訳の作業が要る。
考え方は素朴である。格子定数 \(a\) を横軸に、全エネルギーを縦軸にとって点を打つと、安定な構造の近くではエネルギーが下に凸の谷をつくる。谷が深いほど、その格子が好まれている。だから何点か計算して谷の形をつかみ、その底の位置を読めば、計算が「好む」格子定数の見当がつく。エネルギーを格子の関数 \(E(a)\) とみなして、その谷を探す――これが本章の全体の構図である。
2 Phase6 ― E(a) の粗スキャン
まず格子定数 \(a\) を動かす。\(c/a\) は実験値に固定したまま、\(a\) を a_scale で 0.970 から 1.030 まで、すなわち \(a=2.432\) から \(2.582\ \text{Å}\) までの5点に振り、各点で全エネルギーを求めた。結果が 図 1 である。
5点はきれいに下に凸の並びになる。これを二次関数でフィットして谷の底を読むと、最小は \(a\approx2.49\ \text{Å}\) に来る。実験値 2.507 Å と比べると、わずかに小さめである。ずれは \((2.49-2.507)/2.507\approx-0.7\%\) ほどで、向きは「小さい側」だ。交換相関を GGA-PBE で近似すると格子をやや小さめに出す傾向が知られており、2.507 に対する 2.49 はその向きと整合する。一言でいえば、計算が好む格子は実験よりほんの少し詰まっている。
各点では圧力も記録してある。圧力がゼロになる格子は \(a\approx2.470\ \text{Å}\) で、エネルギー最小の \(a\approx2.49\ \text{Å}\) とはわずかにずれる。本来、エネルギーが最小の点では圧力もゼロになるはずである。両者がぴたりと重ならないのは、点が粗い5点しかなく、二次フィットの読みと数値微分である圧力の読みが、互いに少しずれて出るためである。このずれ自体が、いま見ているのが谷の「概形」であって谷底の正確な座標ではないことの、わかりやすい証拠になっている。
3 Phase7 ― E(c/a) の粗スキャン
次に軸比 \(c/a\) を動かす。今度は \(a\) を固定し、\(c/a\) を 1.570 から 1.670 までの5点に振る。結果が 図 2 である。
二次フィットの最小は \(c/a\approx1.60\) に来る。実験値 1.6228、理想最密充填の 1.633 と並べると、いずれより少し小さめである。実験値とのずれは \((1.60-1.6228)/1.6228\approx-1.4\%\)、理想値とのずれは \((1.60-1.633)/1.633\approx-2.0\%\)。\(E(a)\) と同じく、計算が好む形は実験よりわずかに詰まる側にある。\(a\) と \(c/a\) という二つのつまみを別々に振り、それぞれの谷を読んだ、というのがここまでの構図である。
4 これは確定格子ではない
ここで、本章でいちばん大事な線を引く。図 1・図 2 で読んだ \(a\approx2.49\ \text{Å}\)・\(c/a\approx1.60\) は、「この粗い5点・二次フィットの最小」であって、確定した格子定数ではない。理由は二つある。
第一に、点が粗い5点しかない。谷の底の位置は、どの関数で、どの点を重く見てフィットするかに左右される。\(E(a)\) でエネルギー最小と圧力ゼロが \(a\approx2.49\) と \(a\approx2.470\) にわずかにずれたのは、まさにこの粗さの現れだった。第二に、力やストレスを使って構造そのものを緩める計算――QE でいう relax(原子位置を緩める)や vc-relax(格子も含めて緩める)――を、本書では実行していない。確定した格子を主張するには、より密な点で谷を取り直すか、これらの構造最適化を回す必要がある。
谷を5点でなぞる作業と、力・ストレスで構造を緩める作業は、似て非なる手続きである。前者は概形を読み、後者は底の座標を確定させる。両者の関係を模式的に示したのが 図 3 である。本章で手にしたのは谷の概形であって、谷底の確定座標ではない。この一線は、最後まで越えない。
小課題 11.1
Phase7 の \(E(c/a)\) は、\(c/a=1.570\)〜\(1.670\) の5点を二次関数でフィットすると、最小が \(c/a\approx1.60\) に来た。
この値を実験値 1.6228 および理想値 1.633 と比べ、ずれをそれぞれ百分率(%)で求めよ。ずれの向き(大きい側か小さい側か)も述べよ。
この \(c/a\approx1.60\) を「コバルトの確定した軸比」と書いてはいけない。その理由を、計算の中身に即して二つ挙げよ。
解答例
実験値とのずれは \((1.60-1.6228)/1.6228\approx-1.4\%\)、理想値とのずれは \((1.60-1.633)/1.633\approx-2.0\%\)。どちらも符号は負で、小さい側にずれている。同じ向きは \(E(a)\) にもあり、実験 2.507 Å に対し最小 \(a\approx2.49\ \text{Å}\)(約 \(-0.7\%\))と、やはり小さめだった。格子をわずかに詰まる側に出すのは、交換相関を GGA-PBE で近似したときの既知の傾向と向きがそろう。
第一に、点が粗い5点しかなく、谷底の位置は二次フィットの取り方に依存する。実際、\(E(a)\) ではエネルギー最小(\(a\approx2.49\))と圧力ゼロ(\(a\approx2.470\))がわずかにずれ、谷底が一点に定まりきっていない。第二に、力・ストレスで構造を緩める
relax/vc-relaxを本書では実行していない。よって \(c/a\approx1.60\) は「この粗い5点・二次フィットの最小」という概形であって、確定した軸比として引用してはならない。
よくある誤解
「\(E(a)\) と \(E(c/a)\) の谷を読んだのだから、これでコバルトの格子定数を最適化した」と書きたくなる。だが、粗い5点を振って谷の概形を読むことと、力・ストレスを使って構造を緩める構造最適化(relax / vc-relax)は別の手続きである。前者は谷がどのあたりにあるかの見当を与え、後者は谷底の座標を確定させる。本章で得た \(a\approx2.49\ \text{Å}\)・\(c/a\approx1.60\) は前者の概形であって、確定格子としてそのまま引用してはならない。確定させたければ、より密な点で谷を取り直すか、構造最適化を回す必要がある。
5 この章のまとめ
- 計算は格子定数を直接は返さない。格子を何点か振って全エネルギーを並べ、谷の底を読むという翻訳が要る。エネルギーを \(E(a)\)・\(E(c/a)\) とみなして谷を探すのが本章の手続きである。
- Phase6 では \(E(a)\) の二次フィット最小が \(a\approx2.49\ \text{Å}\)(実験 2.507)、Phase7 では \(E(c/a)\) の最小が \(c/a\approx1.60\)(実験 1.6228、理想 1.633)で、いずれもわずかに小さめだった。向きは GGA-PBE が格子を詰まる側に出す傾向とそろう。
- これらは「この粗い5点・二次フィットの最小」という谷の概形であって、確定格子ではない。点が粗いこと(\(E(a)\) でエネルギー最小と圧力ゼロがわずかにずれる)と、
relax/vc-relaxを実行していないこと――この二つが、概形と確定座標を隔てる。 - 次章では、ここまで積み上げた数字をすべて棚卸しし、\(M\) がそのまま飽和磁化や \(T_\text{c}\) を意味するわけではないという第1章以来の伏線に決着をつけ、「どこまで磁石らしいと言えるか」に線を引く。