flowchart TB
subgraph metal["金属(hcp Co)"]
direction TB
M1["E_F 直下に有限の DOS<br>≈ 1.8 states/eV"] --> M2["わずかな E で<br>電子が動ける<br>=電気を流す"]
end
subgraph semi["半導体"]
direction TB
S1["E_F 前後に<br>DOS = 0 のギャップ"] --> S2["移る先の席がない<br>=流しにくい"]
end
metal -.->|"分かれ目は<br>E_F 直下の DOS の有無"| semi
11 DOS は「金属である」の検算である
コバルトは金属だと、私たちは知っている。
では、計算機の中のコバルトが金属であることを、出力のどこで確かめればよいのか。
この章のゴール:状態密度(DOS)を読み、フェルミエネルギー \(E_\text{F}\) 直下に有限の状態があることを金属性の証拠として受け取れるようになる。さらに、スピンを上下に分けた DOS の左右非対称が磁気モーメント \(M\) の出どころであることを、占有数の差として正しく説明できるようになる。半導体との分かれ目――\(E_\text{F}\) にギャップがあるか否か――を、自分の言葉で線引きできることを目指す。
第9章で、強磁性(FM)の解が非磁性(NM)より原子あたり約 0.25 eV 低いことを、差で確かめた。あの計算は、終始「コバルトは金属だ」という前提のうえに立っていた。フェルミ面をならす smearing も、その幅を決める degauss も、電子がフェルミ準位まで切れ目なく詰まった金属でなければ要らない道具だったからである。前提のうえで磁性を語ってきたのだから、今度はその前提そのものを、別の出力で裏づけておきたい。道具は状態密度(density of states, DOS)である。Phase5 で、最終 FM 状態について DOS を計算してある。結論を先に言えば、\(E_\text{F}\) のすぐ下に状態がぎっしり詰まっていて、しかもそこが空ではない。これが「金属である」の検算になる。
1 DOS とは何か、\(E_\text{F}\) とは何か
DOS は、あるエネルギーの近くに、電子が入れる席がどれだけ密に並んでいるかを、エネルギーの関数として表したものである。横軸にエネルギー \(E\)、縦軸に「単位エネルギーあたりの状態の数」をとる。グラフが高いところは席が混んでいて、低いところは席がまばら、値がゼロのところはそもそも席がない。電子は一つの席に一つずつしか座れないから、この「席の地図」を眺めると、電子が結晶の中でどんなエネルギーを取りうるかが一望できる。
その地図のうえに、もう一本の線を引く。フェルミエネルギー \(E_\text{F}\) である。絶対零度では、電子はエネルギーの低い席から順に詰まっていき、ある高さでちょうど満席になる。その満席の上端が \(E_\text{F}\) である。\(E_\text{F}\) までが埋まった席、\(E_\text{F}\) から上が空いた席、という境目だと思えばよい。本書の smoke 束では \(E_\text{F}=18.21\) eV、Phase4 の最終 FM では \(E_\text{F}=18.24\) eV と出ている。値そのものより、いまは「埋まりと空きの境目」という役割を押さえる。
金属かどうかの判定は、この一本の境目の引かれた位置に帰着する。\(E_\text{F}\) のすぐ下に席があり、すぐ上にも席があるなら、電子はごくわずかなエネルギーをもらうだけで、埋まった席から空いた席へ移れる。動ける電子がいる、つまり電気を流せる。これが金属の条件である。逆に、\(E_\text{F}\) の前後に席のまったくない帯――DOS がゼロの窓――が開いていれば、わずかなエネルギーでは電子が動けない。これが後で見る半導体である。
2 Phase5 ― \(E_\text{F}\) 直下に有限の DOS
実データを読もう。Phase5 では、第9章で確定した最終 FM 状態をそのまま使い、固定した電荷密度のうえで多数の k 点で固有値を取り直す計算(NSCF)を行い、その出力を dos.x に渡して状態密度を求めた。出力は analysis/dos/co_final_fm.dos に残っている。
この DOS を \(E_\text{F}\) を原点に取り直して描いたのが 図 1 である。横軸は \(E-E_\text{F}\) で、\(x=0\) がフェルミ準位、左が埋まった側、右が空いた側にあたる。
注目すべきは \(x=0\) の縦線――\(E_\text{F}\) ――の足もとである。そこで DOS はゼロに落ちず、約 1.8 states/eV という有限の高さをもっている。\(E_\text{F}\) の位置に席が詰まっていて、しかもそのすぐ下が空ではない。これが、コバルトが金属であることの直接の証拠である。第9章で当然のように置いていた金属性が、磁性の計算とは独立の出力で裏づけられた。前提が前提のまま宙に浮かず、別の角度から地に足をつけた、ということである。
なぜ \(E_\text{F}\) 直下が混んでいるのかも、一言で言える。コバルトの DOS の山は、主に 3d 電子がつくる。3d のバンドは幅が狭く、そこに多くの電子が押し込まれるので、\(E_\text{F}\) のあたりで席が密になる。第1章で「3d 電子の遍歴が磁気モーメントを薄める」と述べたのと、同じ電子が、ここでは「\(E_\text{F}\) 直下に厚い DOS をつくる」という顔で現れている。
3 金属と半導体を分けるもの
金属性をいちばんはっきりさせるには、そうでないものと並べるとよい。半導体である。半導体では、\(E_\text{F}\) の前後に、席のまったく存在しないエネルギー帯――バンドギャップ――が開く。\(E_\text{F}\) 直下まで席は埋まっているのに、そのすぐ上はギャップで空席すらない。だから電子に少しばかりのエネルギーを与えても、移る先の席がない。電気を流しにくいのは、このためである。
金属と半導体の違いは、ただ一点、\(E_\text{F}\) の足もとに席があるかないかに尽きる。コバルトのような金属は \(E_\text{F}\) 直下に有限の DOS をもち、半導体は \(E_\text{F}\) の前後に DOS ゼロの窓をもつ。この対比を模式的に示したのが 図 2 である。
4 スピンの上と下に分けて読む
図 1 をもう一度見ると、上半面(up スピン)と下半面(down スピン)で、山の位置がずれ、形がそろっていない。スピンを許した計算では、DOS は上向きと下向きの二枚に分かれる。コバルトでは、up の山が全体に低エネルギー側へずれて深く埋まり、down の山はやや高エネルギー側に残る。その結果、\(E_\text{F}\) までに埋まる席の数が、up と down で食い違う。
この食い違いこそ、磁気モーメントの出どころである。\(E_\text{F}\) までの DOS を積分すれば、そのスピンの電子が何個詰まっているかが出る。up の占有数を \(N_\uparrow\)、down の占有数を \(N_\downarrow\) と書けば、スピン磁気モーメントは
\[ M = (N_\uparrow - N_\downarrow)\,\mu_\text{B} \tag{1}\]
で与えられる。up の山の面積から down の山の面積を引いた差が、そのまま \(M\) になる、ということである。第3章以降で \(M\approx1.66\ \mu_\text{B}/\text{atom}\) と読んできた値は、DOS の左右非対称を積分し直したものにほかならない。式 1 の向きは大切にしたい。DOS の分裂が磁性を生むのではなく、エネルギーを下げようとして up と down の占有がずれた結果として、DOS が分裂し、\(M\) が立つ。原因と結果を取り違えないようにする。
小課題 10.1
Phase5 の DOS では、\(E_\text{F}\) 直下に約 1.8 states/eV の有限の状態密度があった。
この事実が「コバルトは金属である」とどう結びつくか、半導体との対比で説明せよ。半導体なら \(E_\text{F}\) の前後で DOS はどうなっているか、にも必ず触れること。
スピンを上下に分けた DOS で、up と down の山の面積が食い違っていた。この食い違いと磁気モーメント \(M\) の関係を、式 1 に即して一言で述べよ。
解答例
\(E_\text{F}\) は、その温度で電子が詰まっている席の上端である。そのすぐ下(およびすぐ上)に有限の DOS があるとは、移る先の空席が \(E_\text{F}\) のすぐ際にあるということで、電子はごくわずかなエネルギーで埋まった席から空席へ移れる。動ける電子がいる、すなわち電気を流せる。これが金属の条件である。半導体では \(E_\text{F}\) の前後に DOS がゼロのバンドギャップが開いており、\(E_\text{F}\) 直下まで埋まっていても、そのすぐ上に移る席がない。わずかなエネルギーでは電子が動けず、流しにくい。Phase5 で \(E_\text{F}\) 直下に約 1.8 states/eV があることは、コバルトが金属の側にいることの直接の検算になっている。
\(E_\text{F}\) までの up の DOS を積分した占有数 \(N_\uparrow\) から、down の占有数 \(N_\downarrow\) を引いた差が、\(M=(N_\uparrow-N_\downarrow)\,\mu_\text{B}\) としてスピン磁気モーメントになる。up の山の面積が down より大きい――その面積差――がそのまま \(M\approx1.66\ \mu_\text{B}/\text{atom}\) の正体である。
よくある誤解
「DOS が up と down に分裂しているから、磁性が出るのだ」と、因果を逆向きに読みたくなる。正しい順序はこうである。計算がスピン分極を許して全エネルギーを最小化した結果として、up と down の占有がずれ、その占有差を積分したものが磁気モーメント \(M\) になる。DOS の分裂は磁性の原因を勝手に決める仕掛けではなく、収束した一つの解を、エネルギー軸に沿って眺め直した姿である。\(M\approx1.66\ \mu_\text{B}/\text{atom}\) という第9章までの数字と、図 1 の左右非対称は、同じ解を別の角度から見た二つの表現にすぎない。
5 この章のまとめ
- DOS は各エネルギーに電子の入れる席がどれだけ密にあるかを表し、\(E_\text{F}\) はその温度で席が埋まっている上端のエネルギーである。金属かどうかは、\(E_\text{F}\) の足もとに席があるかどうかに帰着する。
- Phase5 では \(E_\text{F}\) 直下に約 1.8 states/eV の有限の DOS があり、第9章で前提していた金属性が、磁性の計算とは独立の出力で裏づけられた。
- 金属と半導体を分けるのは \(E_\text{F}\) 前後のギャップの有無である。半導体は \(E_\text{F}\) の前後に DOS ゼロの窓をもち、コバルトのような金属はもたない。
- スピンを上下に分けた DOS は左右非対称で、その占有数の差 \(N_\uparrow-N_\downarrow\) がそのまま磁気モーメント \(M\) になる(式 1)。分裂は磁性の原因ではなく、収束した解の現れである。
形(\(a\), \(c/a\))・磁石になりたがるか(FM vs NM)・磁石らしさ(\(M\))・金属か(DOS)。第1章で立てた四つの問いのうち、後ろの三つはこれで一巡した。残るは先頭の「形」である。実験値に固定してきた格子定数を、今度は計算の側から探しにいく。次章では、格子を直接は返さない計算から、谷の底をどう読むかを手に入れる。