6  波をどこまで細かく刻むか

電子の波を、計算機は有限個の波の重ね合わせで表す。
では、どこまで細かい波まで数えれば「足りた」と言えるのか。そして、磁石らしさもそれで決まるのか。

この章のゴール:ecutwfc を「波の解像度の上限」として一から理解し、解像度を上げる代金が \(\texttt{ecutwfc}^{3/2}\) で増えることを押さえる。そのうえで収束を差で判断し、とりわけ全エネルギーの収束と磁気モーメント \(M\) の収束を分けて見られるようになる。\(M\)ecutwfc ではほとんど動かない――この一点が次章への橋になる。

前章で、入力の各行を物理の供述書として読み終えた。ただ二か所、値の意味を空けたまま先送りにした約束がある。ecutwfcK_POINTS――どちらも「どこまで細かく刻むか」を決める解像度のつまみである。この章で前半の ecutwfc にけりをつける。先に結論の形を言っておく。全エネルギーは ecutwfc を上げると下がって頭打ちになるが、磁気モーメント \(M\) はほとんど動かない。二つの収束を分けて見ること、これがこの章で持ち帰る道具である。

1 電子を平面波で表す

計算機の中で電子の状態を扱うには、波動関数 \(\psi(\mathbf{r})\) を有限個の数として持たせる必要がある。連続的な波の形を、そのまま無限の精度で抱えることはできないからだ。素直なやり方は、決まった形の波を何枚も重ねて目的の形を作ることである。その「決まった形の波」に平面波を選ぶ。

平面波は \[ e^{i\mathbf{G}\cdot\mathbf{r}} \] と書ける、波数 \(\mathbf{G}\) で指定される波である。\(|\mathbf{G}|\) が大きいほど波長 \(\lambda = 2\pi/|\mathbf{G}|\) は短く、空間で細かく振動する。なめらかな形は少数の長い波(小さい \(|\mathbf{G}|\))で表せるが、急に変化する形ほど、細かい波(大きい \(|\mathbf{G}|\))を多く動員しないと再現できない。波動関数を平面波の重ね合わせで書くとは、どこまで大きい \(|\mathbf{G}|\) の波まで使うかを決めることに等しい。

ここで、細かさには値段がつく。平面波 \(e^{i\mathbf{G}\cdot\mathbf{r}}\) の運動エネルギーは \[ E_\text{kin} = \frac{\hbar^2 |\mathbf{G}|^2}{2m} \] で、\(|\mathbf{G}|^2\) に比例する。細かい波ほど運動エネルギーが高い。Rydberg 原子単位では \(\hbar^2/2m = 1\) となるよう単位を組んであるので、この式は \[ E_\text{kin}\,[\text{Ry}] = |\mathbf{G}|^2\,[\text{bohr}^{-2}] \] と、波数の二乗がそのままエネルギーになるという簡潔な形になる。「波の細かさ」を「運動エネルギーの高さ」で測れる――この対応が、次の上限の置き方を自然にする。

2 ecutwfc は上限、代金は \(\texttt{ecutwfc}^{3/2}\)

無限個の波は扱えないので、どこかで線を引く。その線を運動エネルギーの高さで引いたのが ecutwfc である。すなわち \[ |\mathbf{G}|^2 \le \texttt{ecutwfc}\quad(\text{Ry 単位}) \] を満たす波だけを使い、これを超える細かい波は数えない、という宣言である。波数空間で言えば、半径 \(\sqrt{\texttt{ecutwfc}}\) の球の内側にある \(\mathbf{G}\) だけを使う。ecutwfc は、この球の半径の二乗にあたる。

球の中に入る波の本数を考えると、代金の正体が見える。\(\mathbf{G}\) は逆空間で格子状に並ぶから、半径 \(\sqrt{\texttt{ecutwfc}}\) の球に入る本数は、球の体積に比例する。体積は半径の三乗、すなわち \((\sqrt{\texttt{ecutwfc}})^3 = \texttt{ecutwfc}^{3/2}\) に比例する。だから \[ (\text{平面波の本数}) \propto \texttt{ecutwfc}^{3/2} \] となる。ecutwfc を 4 倍にすると、本数(=計算の重さの目安)は 8 倍に膨らむ。解像度を上げる代金は、上げるほど急に高くつく。

それでも、コバルトの計算は数十 Ry の ecutwfc で実用になる。芯の近くで波動関数は本来きわめて細かく振動するので、その細かさをまともに表そうとすれば本数はとても足りない。ここで効くのが擬ポテンシャルである。擬ポテンシャルは芯の近くの激しい振動をなめらかに均し、化学結合と磁性を担う外側の電子だけを、扱いやすい形で残す。芯を均したぶん、必要な ecutwfc は大幅に下がり、数十 Ry の球で足りるようになる。前章で見た Co PAW のヘッダ推奨が ecutwfc≈60 Ry だったのは、この均しの恩恵である。

3 収束を差で読む――エネルギーと \(M\) を分ける

では、何 Ry まで上げれば「足りた」のか。判断は絶対値ではなくで下す。ecutwfc を上げていったとき、全エネルギーが上から単調に下がって、もう動かなくなる高さを探す。下に beginner 束 Phase0 の収束スイープを示す(k 点は \(8\times8\times6\) に固定、degauss=0.02)。

ecutwfc (Ry) 90 Ry 基準のエネルギー差 (meV/atom) \(M\) (\(\mu_\text{B}/\text{atom}\))
50 404.09 1.655
60 202.36 1.655
70 127.57 1.655
80 38.98 1.655
90 0(基準) 1.655

図 1 が、この表の二つの列を並べて見せている。左は全エネルギーの 90 Ry 基準差、右は磁気モーメント \(M\) である。同じ ecutwfc を横軸に取っているのに、二つの曲線の性格はまるで違う。

図 1: 左:全エネルギーの 90 Ry 基準差 \(\Delta E\)ecutwfc を上げると急速に縮み、80 Ry で 39 meV/atom まで落ちる。右:磁気モーメント \(M\) は全域でほぼ 1.655 のまま平らで、ecutwfc に動かされない。エネルギーと磁性は別々に収束する。

エネルギーの列を読む。50 Ry では基準から 404 meV/atom も離れているが、上げるにつれて 202→128→39 と縮み、80 Ry で 39 meV/atom まで落ちる。値そのものは大きな負数だが、私たちが見たいのは「あと何 meV/atom 動く余地があるか」という残りの差である。その差が小さくなった高さで止めればよい。smoke 束が ecutwfc=80 を採っているのは、この差読みの落とし所にあたる。

磁化の列を読む。\(M\) は 50 Ry から 90 Ry まで、ほぼ 1.655 \(\mu_\text{B}/\text{atom}\) で一定である。エネルギーがまだ 404 meV/atom も動いていた 50 Ry の段階で、\(M\) はすでに最終値に座っている。つまり磁気モーメントは ecutwfc ではほとんど決まらない。波の解像度を上げてもエネルギーは下がり続けるが、\(M\) はびくともしない。

この二つを一括りにしないことが肝心である。「エネルギーが収束する ecutwfc」と「\(M\) が収束する ecutwfc」は別の問いで、\(M\) の収束のほうがずっと緩い。そして逆に読めば、こうも言える。\(M\) がもし計算条件で揺れるとしたら、その原因は ecutwfc の外にある。揺れの正体は、周期の標本化(k 点)と金属のぼかし幅(degauss)――次の二章の主題である。

4 止め時の判断を手順にする

図 2 に、ここで身につけた止め時の判断手順をまとめた。刻みを一段上げ、前の値との差を測り、許容を下回ったら手前で採用する。この差読みは、ecutwfc だけでなく次章の k 点でもそのまま使う。

flowchart TB
    A["ある ecutwfc で計算"] --> B["刻みを一段上げて再計算"]
    B --> C["前の値との差を測る<br>(meV/atom)"]
    C --> D{"差は許容以下か"}
    D -- "いいえ" --> B
    D -- "はい" --> E["手前の ecutwfc を採用"]
    style E fill:#d4edda,stroke:#28a745
図 2: 収束を差で判断する手続き。絶対値ではなく、刻みを上げたときの変化量(差)が許容を下回ったら、手前の刻みを採用する。

小課題 5.1

Phase0 の 90 Ry 基準差は、ecutwfc = 50, 60, 70, 80, 90 Ry に対して 404.09, 202.36, 127.57, 38.98, 0.00 meV/atom だった。

  1. 隣り合う ecutwfc のあいだで、全エネルギーがあと何 meV/atom 動くか(隣接差)をすべて求めよ。

  2. 「最後の一段でも 1 meV/atom より小さくしか動かない」を収束の許容とするとき、この表の中に許容を満たす ecutwfc はあるか。なければ、実用上の落とし所はどこに置くのが妥当か。

  3. 同じスイープで \(M\) がほぼ 1.655 で一定だった事実は、何を意味するか。一言で述べよ。

解答例

  1. 隣接する基準差の引き算で、各段の残りの動きが出る。 \[ 50\!\to\!60:\ 201.73,\quad 60\!\to\!70:\ 74.79,\quad 70\!\to\!80:\ 88.59,\quad 80\!\to\!90:\ 38.98\ \text{meV/atom}. \] おおむね段ごとに縮むが、70→80 が 60→70 よりわずかに大きい。これは 5 点という粗いスイープに残るばらつきで、一点だけを神経質に読まず、縮んでいく傾向として読むのが正しい。

  2. 最後の一段 80→90 でも 38.98 meV/atom 動いており、1 meV/atom には遠い。よってこの 5 点表だけでは、どの ecutwfc についても「1 meV/atom 収束」を言い切れない。それを確かめるには、より高いカットオフと細かい刻みが要る。ただし段ごとの動きは確かに縮んでおり、本書が必要とする数十 meV/atom の精度なら 80 Ry が実用上の落とし所になる(80→90 の残り差が約 39 meV/atom で、smoke 束もここを採る)。許容は、データの粗さに見合った大きさに置くのが筋である。

  3. \(M\)ecutwfc でほとんど動かないのだから、磁気モーメントの値は波の解像度ではほぼ決まっている。\(M\) の収束はエネルギーより緩く、\(M\) がぶれる原因は ecutwfc の外(k 点や degauss)にあると見当がつく。エネルギーの収束と磁化の収束を、一つの ecutwfc でまとめて語ってはいけない。

よくある誤解

ecutwfc を上げればエネルギーが良くなるのだから、磁性の値も上げるほど良くなるはずだ」と読みたくなる。だが、Phase0 が見せているのは正反対の事実である。\(M\) は 50 Ry の段階ですでに 1.655 に座り、90 Ry まで上げても動かない。ecutwfc を吊り上げても、磁気モーメントが実験値に近づくわけではない。解像度のつまみと磁性のつまみは別物で、ecutwfc は前者にしか効かない。\(M\) を動かしたいなら、向き合う相手は次章以降の k 点と degauss である。

5 この章のまとめ

  • 計算機は電子の波を平面波 \(e^{i\mathbf{G}\cdot\mathbf{r}}\) の重ね合わせで表す。Ry 単位では平面波の運動エネルギーが \(|\mathbf{G}|^2\) に等しく、ecutwfc は「使う波の運動エネルギーの上限」=波数空間の球の半径の二乗である。
  • 解像度を上げる代金は \(\texttt{ecutwfc}^{3/2}\) で増える。それでも擬ポテンシャルが芯の激しい振動を均すので、コバルトは数十 Ry の ecutwfc で実用になる。
  • 止め時は絶対値ではなく差で読む。Phase0 では全エネルギー差が 50 Ry の 404 から 80 Ry の 39 meV/atom へ縮み、80 Ry が落とし所になる。
  • 磁気モーメント \(M\)ecutwfc でほとんど動かず(全域で 1.655)、エネルギーの収束とは別問題である。\(M\) がぶれる原因は波の解像度の外にある。
  • では \(M\) は何で動くのか。次章で、もう一つの刻み――周期の標本化 K_POINTS――に向かう。金属では、この k 点こそが磁性の値を支える。