7  金属では k 点が磁性を支える

前章で、磁気モーメントは波の解像度ではほとんど動かなかった。
では何が \(M\) を揺らすのか。金属では、答えは k 点の刻みにある。

この章のゴール:k点メッシュを「連続な波数を有限点で代表させる標本化」として一から理解し、金属はフェルミ面のために k 点を密に要することと、その粗さが全エネルギーだけでなく磁気モーメント \(M\) までも揺らすことを、Phase2 の収束表で読み取れるようになる。半導体シリコンとの対比で、なぜ金属が密な k を要するのかを自分の言葉で言える。

前章で ecutwfc を決め、磁化 \(M\) は波の解像度ではほとんど動かないと分かった。残った保留が K_POINTS である。波の細かさを上げても揺れなかった \(M\) が、k 点の刻みでは揺れる――この章ではその仕組みを一から積み上げ、金属コバルトでなぜ k 点を密に取らねばならないか、そしてなぜ k 点が \(M\) をも動かすのかに決着をつける。鍵は金属のフェルミ面、電子が詰まっている領域の境界にある。着地点を先に示しておく。コバルトでは \(8\times8\times6\)(既約40点)あたりで \(M\) がおおむね落ち着くが、それより粗い刻みは磁気モーメントすら歪める

1 周期から逆格子へ、そして k 空間の有限標本

結晶は同じ単位胞が三方向にどこまでも繰り返す、周期的な並びである。この周期性が、電子の状態の書き方を決める。周期的な入れ物の中では、電子は一点に居座らず、結晶全体に広がった波として振る舞う。その波は、波がどの方向にどれだけ細かく波打つかを表す波数ベクトル \(\mathbf{k}\) で番号づけられる。ある \(\mathbf{k}\) に一つの電子状態が対応し、\(\mathbf{k}\) を連続に動かすとエネルギーが連続に変わる帯――エネルギーバンド――を描く。

ではその \(\mathbf{k}\) はどこに住むのか。実空間の周期から、逆数の次元をもつもう一つの格子が立ち上がる。これを逆格子と呼ぶ。実空間で原子が密に並ぶ方向には逆格子では疎に、疎に並ぶ方向には密に対応する、という裏返しの関係になっている。\(\mathbf{k}\) はこの逆格子の上に住み、周期性のおかげで、逆格子の一つの胞――第一ブリュアンゾーン――の中だけを見れば、外側はその繰り返しで尽きる。つまり連続な波数のすべては、有限の体積をもつ一つのゾーンに収まる

知りたい物性――全エネルギーも、スピンの偏りも――は、このゾーン全体にわたって \(\mathbf{k}\) を積分(足し合わせ)して得られる。ところが計算機は連続の積分をそのまま実行できない。そこで、ゾーンを格子状に区切り、有限個の代表点だけで和をとって積分を近似する。この代表点が k 点である。K_POINTS automatic 8 8 6 という指定は、ゾーンを三方向にそれぞれ 8・8・6 の等間隔で分割せよ、という意味になる(この等間隔メッシュの取り方は Monkhorst–Pack 型 (1976) と呼ばれる)。さらに結晶の対称性を使うと、互いに等価な点を一つにまとめられる。実際に計算するのはまとめたあとの既約 k 点だけで、\(8\times8\times6\) の格子は既約 40 点まで減る。

この「周期→逆格子→ゾーン→既約点」の鎖を、実際の指定 8 8 6 で一度たどり直しておこう。まず分割数の顔つきから。底面方向に 8、\(c\) 軸方向に 6 と、\(c\) 軸だけ少なめに刻むのは、実空間で胞が \(c\) 方向に長い(\(c/a \approx 1.62\)\(c > a\))ぶん、裏返しの逆格子では \(c\) 方向が短くなるからである。短い方向は少ない刻みで足りる。「実空間で疎な方向は逆空間で密」という裏返しの関係が、分割数の選び方にそのまま顔を出している。次に間引きの威力を数で見る。\(8\times8\times6\) をそのまま数えれば \(384\) 点だが、hcp のもつ回転や鏡映で互いに移り合う k 点は物理的に同じ状態を表すから、代表の一点だけを計算し、何点ぶんを代表したかを重みとして掛ければよい。この整理で \(384\) 点は約十分の一の既約 \(40\) 点まで減る。あとで表に出てくる \(12\times12\times8\) でも、\(1152\) 点が既約 \(95\) 点で済む。対称性は、金属が要求する密な標本化の代金を、一桁値切ってくれる道具である。

flowchart LR
    A["実空間の周期<br>(くり返す結晶)"] --> B["逆格子<br>(周期の裏返し)"]
    B --> C["第一ブリュアンゾーン<br>(連続な k の領域)"]
    C --> D["格子状に区切る<br>K_POINTS 8 8 6"]
    D --> E["対称性で間引く<br>既約 40 点で和をとる"]
    E --> F["物性 = ゾーン積分<br>の近似値"]
図 1: 実空間の周期から逆格子・第一ブリュアンゾーンへ。連続な波数をそのまま積分できないので、ゾーンを区切った有限個の k 点での和で近似する。分割を細かくするほど和は連続の積分に近づく。

刻みを細かくすれば、有限の和は連続の積分に近づく。どこまで細かくすれば実用上十分かは、系によって違う。その違いを生むのが、次に見るフェルミ面である。

2 金属のフェルミ面と、なぜ密な k が要るか

同じ「ゾーン積分」でも、金属と半導体では必要な k 点数がまるで違う。理由は、ゾーンの中で電子の占有がどう切り替わるかにある。

絶対零度では、電子はエネルギーの低い状態から順に詰まり、ある高さまでびっしり埋まって、その上は空になる。この満員と空席を分ける高さがフェルミエネルギー \(E_\text{F}\) である。半導体シリコンでは、満員の帯(価電子帯)と空席の帯(伝導帯)のあいだにエネルギーギャップが開いている。\(E_\text{F}\) はそのギャップの中にあり、ゾーンのどこを見ても占有はきれいに 1(満員)か 0(空席)のどちらかで、その切り替わりは \(\mathbf{k}\) に対してなめらかである。なめらかな関数をゾーン積分するのは易しく、粗い k 点でも和がよく合う。

金属コバルトには、このギャップがない。満員の帯と空席の帯が \(E_\text{F}\) の高さで地続きにつながっている。そのため、ゾーンの中に「ここから先は空席」という境界の面が走る。これがフェルミ面である。フェルミ面をまたぐと、占有が 1 から 0 へ一気に切れる。なめらかでなく、鋭く切れる。鋭い段差をはさんだ関数を有限の点で積分しようとすると、段差のどちら側に点が落ちるかで和が大きくぶれる。段差の位置を正しく拾うには、点を密に置くしかない。

flowchart TB
    A["占有はゾーンの中で<br>どう切れるか"] --> B{"E_F に<br>ギャップがあるか"}
    B -- "ある(半導体 Si)" --> C["占有はなめらか<br>1 か 0 がはっきり"]
    B -- "ない(金属 Co)" --> D["フェルミ面で<br>1→0 が鋭く切れる"]
    C --> E["粗い k でも<br>積分が合う"]
    D --> F["段差を拾うのに<br>密な k が要る"]
図 2: 占有の切れ方が必要な k 密度を分ける。半導体はギャップのおかげで占有がなめらかで、粗い k 点でも積分が合う。金属はフェルミ面で占有が鋭く切れるため、その境界を拾うのに密な k 点が要る。

つまり、同じ精度を目指しても、金属は半導体より多くの k 点を要する。コバルトの計算で k 点の収束に念を入れねばならないのは、フェルミ面という鋭い境界をかかえているからである。そしてこの境界は、スピン磁気モーメントの値とも無縁ではない。次節で、その効きを実データで見る。

3 Phase2 の収束表:エネルギーと \(M\) の両方が動く

beginner 束の Phase2 は、ecutwfc=80 Ry と degauss=0.02 Ry を固定したまま、k メッシュだけを \(4\times4\times3\) から \(16\times16\times10\) まで五段階に細かくしたスイープである。全エネルギーと \(M\) がどう動くかを、一つの表に並べる。エネルギーはこのスイープ内の最小値(\(6\times6\times4\))を基準にした原子あたりの差 \(\Delta E\) で示す。

k メッシュ 既約 k 点数 \(\Delta E\) (meV/atom) \(M\) (\(\mu_\text{B}/\text{atom}\))
4×4×3 8 \(+11.20\) 1.515
6×6×4 21 \(0.00\) 1.645
8×8×6 40 \(+3.50\) 1.655
12×12×8 95 \(+14.72\) 1.660
16×16×10 180 \(+12.60\) 1.625
図 3: 左:全エネルギーのスイープ内最小(6×6×4)からの差 \(\Delta E\)。右:磁気モーメント \(M\)。いずれも既約 k 点数に対して、粗い側で外れて密にすると落ち着くが、\(M\)\(\Delta E\) も k 点で揺れる。ecutwfc のときの平らな \(M\) とは対照的である。

図 3 の右パネルがこの章の要である。まず \(M\) の動きを追う。最も粗い \(4\times4\times3\)(既約 8 点)では \(M=1.515\) と低めに出る。メッシュを密にすると \(1.645 \to 1.655 \to 1.660\) と上がり、最も密な \(16\times16\times10\) では \(1.625\) へ揺れ戻る。振れ幅は \(1.515\) から \(1.660\) まで、おおよそ \(0.1\ \mu_\text{B}/\text{atom}\) におよぶ。粗い \(4\times4\times3\)\(1.515\) は、フェルミ面の標本化が足りずに外れ気味になった値と読める。\(8\times8\times6\)(既約 40 点)でおおむね \(1.65\) 前後に乗り、それ以降の揺れは \(1.66\)\(1.625\) のあいだの小さなものに収まる。実用上は \(8\times8\times6\) で基本収束したと見てよい。

左パネルの全エネルギーも、似た顔つきで動く。\(\Delta E\) はこのスイープを通じておよそ 15 meV/atom の幅に収まるが、k 点に対してまっすぐ単調には減らず、密にしても小刻みに上下する。金属では占有の段差が k 点ごとに違って拾われるため、絶対エネルギーの収束自体がなめらかな単調減少にはなりにくい。エネルギーも \(M\) も、刻みに乗って揺れる。

前章を思い出すと、対照はくっきりしている。ecutwfc を 50 から 90 Ry まで動かしても \(M\)\(1.655\) のまま平らだった。波の解像度は \(M\) を動かさない。ところが k 点は \(M\) を動かす。違いの源は同じくフェルミ面にある。スピンの偏りは、上向きと下向きの電子がフェルミ面までどこまで詰まるかの差で決まる。その境界の拾い方が k 点の刻みで変わるのだから、\(M\) が刻みに乗るのは道理である。粗い k 点は、エネルギーだけでなく磁気モーメントまで歪める。

ここで一段、主張を抑えておく。図 3 で見えた個別の \(M\) の値――\(1.515\) から \(1.660\) の並び――は、あくまで k 点という計算条件に乗って出た数字である。コバルトの磁石としての性質そのものではない。しかもこの効きは、次章で扱う degauss とも結び合っている。\(8\times8\times6\) で落ち着いたという事実は、この degauss=0.02 Ry・この構造での話であって、刻みと幅の組み合わせを変えれば別の顔を見せうる。だから一般法則としてではなく、この条件での収束のふるまいとして読む。磁化が計算条件に乗っているというこの事実は、第12章で「\(M\) は磁石の強さそのものか」を問い直すときの最初の証拠になる。

小課題 6.1

Phase2 の表(と 図 3)を読んで答えよ。

  1. k メッシュを密にしたとき、既約 k 点数と \(M\) はそれぞれどう動くか。\(M\) がほぼ落ち着くのはどのメッシュからか。

  2. 全エネルギーの差 \(\Delta E\) は k 点に対してまっすぐ小さくなっていくか。表の数値で確かめ、一言で述べよ。

  3. 同じ程度の精度を出すのに、半導体シリコンより金属コバルトで k 点を密に取らねばならない理由を、フェルミ面という言葉を使って説明せよ。

解答例

  1. 既約点は \(8 \to 21 \to 40 \to 95 \to 180\) と増える。\(M\)\(1.515 \to 1.645 \to 1.655 \to 1.660 \to 1.625\) と動き、\(8\times8\times6\)(既約 40 点)でおおむね \(1.65\) 前後に落ち着く。最も粗い \(4\times4\times3\)\(1.515\) は、標本化不足による外れ気味の値と読める。

  2. まっすぐではない。\(\Delta E\)\(+11.20 \to 0.00 \to +3.50 \to +14.72 \to +12.60\) meV/atom と、密にしても上下に揺れる。ただし全体としてはおよそ 15 meV/atom の幅に収まっている。金属では占有の段差が k 点ごとに違って拾われるため、絶対エネルギーの収束はなめらかな単調減少にはなりにくい。

  3. 金属はフェルミ面で占有が 1 から 0 へ鋭く切れる。この段差をゾーン積分でうまく拾うには、境界の位置を細かく標本化する必要があり、k 点を密に取らねばならない。半導体はギャップのおかげで占有がなめらかなので、粗い k 点でも積分が合う。だから金属コバルトのほうが密な k 点を要する。

よくある誤解

\(M\) が k 点で揺れたのだから、\(16\times16\times10\)\(1.625\) が最も密で、いちばん正しい \(M\) だ」と読みたくなる。だが、密ければ密いほど真値に近い、と単純には言えない。図 3\(M\)\(8\times8\times6\) から先は \(1.66\)\(1.625\) のあいだで小さく揺れ戻っており、これは収束したうえに残る数値的なゆらぎである。しかも、この揺れ方そのものが degauss の幅と結び合っている(次章)。読み取るべきは「どれか一点が真値だ」ではなく、「\(8\times8\times6\) あたりで \(M\)\(1.65\) 前後に基本収束し、それ以降の差は小さい」という収束のふるまいのほうである。一点の値を取り出して磁石の強さと等号で結ぶ前に、その値が計算条件にどれだけ乗っているかを見ておく姿勢が要る。

4 この章のまとめ

  • k点メッシュは、第一ブリュアンゾーンという連続な波数の領域を有限点で代表させる標本化である。物性はゾーン積分で得られ、計算機はそれを有限個の k 点の和で近似する。K_POINTS automatic 8 8 6 は三方向の分割数を与え、対称性で既約点に間引く。
  • 金属はフェルミ面で占有が鋭く切れるため、その段差を拾うのに半導体より密な k 点を要する。コバルトでは \(8\times8\times6\)(既約 40 点)でおおむね基本収束する。
  • k 点は全エネルギーだけでなく磁気モーメント \(M\) にも効く。Phase2 では \(M\)\(1.515\) から \(1.660\) の幅で揺れ、\(\Delta E\) もおよそ 15 meV/atom の帯の中で上下した。ecutwfc では平らだった \(M\) が、k 点では動く。
  • ただし、ここで見えた個別の k 点ごとの \(M\) は、この degauss とこの構造に乗った数字であって、磁石としての性質そのものではない。次章では、もう一つ磁化を揺らしうる金属特有のつまみ――フェルミ面をぼかす degauss――に向かう。