5  見分けがつかない波とブリルアンゾーン

格子点だけを見る観測者にとって、同じに見えてしまう波があるとしたら。
その「見分けのつかなさ」が、波数に代表範囲を生む。

この章のゴール:逆格子を高校物理の正弦波から導き、格子点で見分けがつかない波の存在からブリルアンゾーンを「波数の代表範囲」として説明できる。そして、結晶の周期に同期する波 \(\mathbf{G}\) と、電子状態を分類する波数 \(\mathbf{k}\) を、別物として区別できるようになる。

ここまでの二章で、結晶を実空間に「置く」道具がそろった。格子ベクトルと基底で結晶を畳み、分率座標で原子の住所を読み書きできる。第1章で一度、心にとめておいた一文があった――整数倍の並進だけが結晶を自分自身に戻す\(\mathbf{R}=n_1\mathbf{a}_1+n_2\mathbf{a}_2+n_3\mathbf{a}_3\) の整数 \(n_i\) が、その鍵だった。

本章では、この「整数倍でぴたりと戻る」という性質を、波の側から眺め直す。結晶に波を重ねたとき、結晶の周期にうまく噛み合う波と、噛み合わない波がある。さらに進むと、連続的には別物の波が、原子の位置だけを見ている観測者には同じに見える、という事態が起きる。この二つの観察から、逆格子とブリルアンゾーンが、暗記なしで立ち上がる。

天下りを避けるため、まずは1次元――等間隔に並んだ原子の列――だけで話を尽くす。3次元の本格的な逆格子ベクトルは次章に譲り、ここでは「なぜそうなるか」を一本道で見届ける。

1 原子列に波を重ねる ― 原子一個分の位相

等間隔 \(a\) で、原子が一列に並んでいるとしよう。位置は \(x=0,\ a,\ 2a,\ \dots,\ ma\)\(m\) は整数)である。第1章の格子を、いちばん簡単な1次元に切り詰めたものだ。

この列に、高校物理でおなじみの正弦波を重ねる。

\[ y = \sin(kx) \]

ここで \(k\) は波数で、波長 \(\lambda\) とは \(k=2\pi/\lambda\) で結ばれる。\(k\) が大きいほど波は細かく、小さいほどゆったりだ。

いま知りたいのは、この波が原子の位置でどうふるまうか、である。隣り合う原子は \(x\)\(a\) だけ離れている。波の位相 \(kx\) は、原子一個ぶん進むあいだに

\[ k(x+a) - kx = ka \]

だけ増える。この \(ka\)――原子一個分の位相の進み――が、この章を通して効く量である。波がゆったり(\(k\) 小)なら \(ka\) は小さく、隣の原子へ行ってもほとんど位相が変わらない。波が細かい(\(k\) 大)なら \(ka\) は大きく、原子ごとに位相が大きく飛ぶ。

2 結晶の周期に同期する波 ― 1次元の逆格子

では問う。原子の位置だけを見たとき、波が毎回そっくり同じに見えるのは、どんな \(k\) のときか。

「そっくり同じ」とは、波が格子の周期に乗っている、つまり \(a\) だけずらしても波形が変わらないことだ。式で書けば、すべての \(x\)

\[ \sin\,(k(x+a)) = \sin(kx) \]

が成り立てばよい。左辺は \(\sin(kx+ka)\) だから、これが全ての \(x\) で右辺に一致する条件は、原子一個分の位相 \(ka\)\(2\pi\) の整数倍であること――

\[ ka = 2\pi n \quad\Longrightarrow\quad k = \frac{2\pi n}{a} \qquad (n\in\mathbb{Z}) \]

である。整数 \(n\) が顔を出した。第1章で実空間の並進が整数 \(n_i\) で刻まれたのと同じように、波の側でも、結晶に噛み合う波数が整数 \(n\) で刻まれて並ぶ。この \(k=2\pi n/a\) が並んだ点の集まりを、1次元の逆格子と呼ぶ。3次元では、この \(2\pi/a\) にあたる量が逆格子ベクトル \(\mathbf{b}_1\)\(\mathbf{a}_i\cdot\mathbf{b}_j=2\pi\delta_{ij}\))になり、整数倍で並んだ \(\mathbf{G}=h\mathbf{b}_1+k\mathbf{b}_2+l\mathbf{b}_3\) が逆格子点を埋める。本章ではその1次元版を、波から手に入れたことになる。

実空間と逆格子は、きれいに対応する。

実空間(原子の位置) 逆格子(同期する波数 \(k\) その波の波長 \(\lambda\)
\(0\) \(0\) \(\infty\)(一様)
\(a\) \(2\pi/a\) \(a\)
\(2a\) \(4\pi/a\) \(a/2\)
\(3a\) \(6\pi/a\) \(a/3\)

右端の列が読みどころだ。\(k=2\pi/a\) の波は波長 \(\lambda=a\)、ちょうど原子間隔ひとつ分で一波長。\(k=4\pi/a\) なら \(\lambda=a/2\) で、原子間隔に二波長が収まる。結晶の周期に同期する波とは、波長が原子間隔 \(a\) の整数分の一になっている波のことだ、と言い換えられる。\(a\) を一目盛りとして、波がちょうど目盛りごとに同じ位相へ戻る。これが逆格子の正体である。

小課題 4.1

等間隔 \(a\) の原子列に、波長 \(\lambda=a,\ 2a,\ a/2,\ 4a\) の四つの波を順に重ねる。それぞれ波数 \(k=2\pi/\lambda\) を求め、原子の位置 \(x=0,a,2a,\dots\) で毎回同じ位相に戻る(結晶の周期に同期する)のはどれかを判定せよ。判定の基準は、原子一個分の位相 \(ka\)\(2\pi\) の整数倍になるかどうかである。

解答例

それぞれ \(ka=2\pi a/\lambda\) を計算する。

  • \(\lambda=a\)\(ka=2\pi\)\(2\pi\)\(1\) 倍だから同期する\(n=1\)、逆格子点)。
  • \(\lambda=2a\)\(ka=\pi\)\(2\pi\) の整数倍にならないので同期しない。原子ごとに位相が半周ぶんずれ、\(+1,-1,+1,\dots\) と符号が交代する。
  • \(\lambda=a/2\)\(ka=4\pi\)\(2\pi\)\(2\) 倍だから同期する\(n=2\))。
  • \(\lambda=4a\)\(ka=\pi/2\)。整数倍にならず同期しない。原子四個でやっと一周する、ゆるい波だ。

同期するのは \(\lambda=a\)\(\lambda=a/2\)、すなわち波長が \(a\) の整数分の一になっている波に限られる。表の対応がそのまま手元で確かめられた。

3 格子点で見分けがつかない波

ここからが、この章の山場だ。逆格子は「結晶に同期する波」の集まりだった。今度は視点を変える。原子の位置でしか波を観測できないとしたら、何が起こるか。

二つの波を比べよう。波数 \(k\) の波と、それに逆格子ひとつ分 \(2\pi/a\) を足した波数 \(k+2\pi/a\) の波である。連続的に \(x\) を動かして眺めれば、この二つは波長の違う別物だ。ところが、原子の位置 \(x=ma\)\(m\) は整数)でだけ値を読むと、様子が一変する。余弦で書いて確かめよう。

\[ \cos\,\big( (k+\tfrac{2\pi}{a})\,ma \big) = \cos\,( kma + 2\pi m ) = \cos(kma) \]

最後の等号は、余弦が \(2\pi\) 周期で、整数 \(m\) に対し \(2\pi m\) を足しても値が変わらないことによる。つまり原子の位置だけを見るかぎり、\(k\) の波と \(k+2\pi/a\) の波は、一点残らず同じ値を返す。観測者は、この二つを見分けられない。

図 1 が、その様子である。なめらかな実線(\(\cos(kx)\))と、細かく波打つ破線(\(\cos((k+2\pi/a)x)\))は、連続的にはまるで違う波だ。だが緑の点――原子の位置――の上では、必ず同じ高さで交わっている。

図 1: 格子点(緑)では \(\cos(kx)\)\(\cos((k+2\pi/a)x)\) が同値になる。連続的には別の波でも、原子位置だけを見る観測者には見分けられない。

これは、波数に \(2\pi/a\) を足しても、格子の上では何も新しい情報が増えないことを意味する。\(k\)\(k+2\pi/a\)、さらに \(k+4\pi/a,\ k-2\pi/a,\dots\) は、すべて格子から見れば同じ一つの波を指している。波数 \(k\) は、\(2\pi/a\) を法として丸めて読めばよい。第2章で分率座標を「\(1\) を法として」読んだのと、同じ構図が逆空間で立ち現れる。実空間では \(1\) 周期、逆空間では \(2\pi/a\) 周期。畳む向きが裏返っただけだ。

よくある混同

「二つの波が完全に同じ波になった」と読むのは行き過ぎだ。\(\cos(kx)\)\(\cos((k+2\pi/a)x)\) は、原子と原子のあいだではきちんと違う。一致するのは原子の位置という飛び飛びの点の上だけである。結晶が波を「拾う」のがその飛び飛びの点だから、結晶にとっては区別が要らない――そう理解する。連続的な波そのものと、格子がサンプルした波とを、混同しない。

4 第一ブリルアンゾーン ― 波数の代表範囲

波数 \(k\)\(2\pi/a\) を法として丸めてよい。とすれば、ありとあらゆる \(k\) をいちいち持ち歩く必要はない。\(2\pi/a\) の幅でひと区切りして、その中の代表だけを選べば足りる。問題は、どこを代表区間にとるか、である。

自然な選び方は、原点 \(k=0\) を中心に左右へ均等に広げることだ。\(k\) に等価な隣の代表は \(k+2\pi/a\)\(k-2\pi/a\)、原点から見れば \(+2\pi/a\)\(-2\pi/a\) にある。この二つの隣のちょうど中間で区切れば、どの \(k\) も「最寄りの逆格子点」に属することになる。中間点は

\[ k = \pm\frac{1}{2}\cdot\frac{2\pi}{a} = \pm\frac{\pi}{a} \]

だから、代表区間は

\[ -\frac{\pi}{a} \;\le\; k \;\le\; \frac{\pi}{a} \]

ととる。これを第一ブリルアンゾーン(first Brillouin zone、BZ)と呼ぶ。幅はちょうど \(2\pi/a\)、逆格子ひと区切りぶんだ。\(\pi/a\) で切る理由は、ただ一つ――そこが原点の代表と隣の代表のちょうど中間で、どちらに属するかの境目だからである。

3次元では、この「最寄りの逆格子点で区切る」操作が、逆格子点を垂直二等分する面で囲まれた領域を切り出す。図 2 は、その2次元版だ。六方格子の逆格子点が並び、原点(\(\Gamma\) 点)を囲む六角形が第一ブリルアンゾーンになっている。原点と最寄りの逆格子点 \(\mathbf{G}\) を結ぶ線分の垂直二等分線が、六角形の辺を作る。1次元で「\(\pi/a\) は隣との中間」と言ったことが、2次元では「垂直二等分線で囲む」という形で繰り返されている。

図 2: 2次元六方格子の逆格子点と、原点まわりのワイグナー・ザイツ胞(第一ブリルアンゾーン=六角形)。BZ は「波数の代表範囲」である。

小課題 4.2

1次元で原子間隔を \(a\) とする。次の三つの波数を、\(2\pi/a\) ずつ足し引きして第一ブリルアンゾーン \(-\pi/a\le k\le \pi/a\) の中へ折りたたみ、それぞれの代表値を求めよ。(i) \(k=3\pi/a\)、(ii) \(k=5\pi/2a\)、(iii) \(k=-2\pi/a\)

解答例

\(2\pi/a\) を足し引きして \([-\pi/a,\ \pi/a]\) に入れる。

    1. \(k=3\pi/a\) から \(2\pi/a\) を引くと \(\pi/a\)。これは区間の端で、第一 BZ に入る。代表は \(\pi/a\)
    1. \(k=5\pi/2a=2.5\pi/a\) から \(2\pi/a\) を引くと \(0.5\pi/a=\pi/2a\)。区間内なので代表は \(\pi/2a\)
    1. \(k=-2\pi/a\)\(2\pi/a\) を足すと \(0\)。代表は \(0\)(原点と同値)。

いずれも、もとの波は格子の上では代表の波と見分けがつかない。波数がどれだけ大きく見えても、結晶にとって本質的な情報は第一 BZ の一区間に畳まれている――この事実が、次章のミラー指数、第6章の k 点サンプリングの土台になる。

5 \(\mathbf{G}\)\(\mathbf{k}\) は別物である

ここまでで、二種類の波数が出てきた。混同を避けるために、正面から分けておく。

一つは、結晶の周期に同期する波 \(\mathbf{G}\)(1次元なら \(2\pi n/a\))。これは結晶そのものが決める、飛び飛びの逆格子点だ。回折や、結晶の周期ポテンシャルを表すのに使う。

もう一つは、電子の状態のような「結晶に乗った波」を分類するための波数 \(\mathbf{k}\) である。\(\mathbf{k}\) は連続的にとれるが、\(\mathbf{G}\) だけずれた \(\mathbf{k}\)\(\mathbf{k}+\mathbf{G}\) は格子の上で見分けがつかないので、第一ブリルアンゾーンの中の代表だけ考えれば足りる。

\(\mathbf{G}\)(逆格子ベクトル) \(\mathbf{k}\)(波数)
何を表すか 結晶周期に同期する 結晶に乗った状態を分類する
値のとり方 飛び飛び(\(\mathbf{G}=h\mathbf{b}_1+k\mathbf{b}_2+l\mathbf{b}_3\) 連続。ただし第一 BZ の代表で足りる
1次元での姿 \(2\pi n/a\)(逆格子点) \(-\pi/a\le k\le\pi/a\)(代表範囲)
決めるのは 結晶の周期そのもの そこに置く状態(電子など)
主な出番 回折・周期ポテンシャル(第5章) 電子状態・k 点(第6章)

両者の関係は一行で言える。\(\mathbf{k}\)\(\mathbf{G}\) を足しても、格子の上では同じ状態を指す。だから \(\mathbf{k}\)\(\mathbf{G}\) を法として、第一 BZ に丸めて読む。\(\mathbf{G}\) は「物差しの目盛り」、\(\mathbf{k}\) は「その目盛りで測る対象」だと思えばよい。

なお、表の \(\mathbf{G}=h\mathbf{b}_1+k\mathbf{b}_2+l\mathbf{b}_3\) に現れる \(h,k,l\) は、逆格子点に振った整数の番号であって、波数ベクトル \(\mathbf{k}\) や1次元の波数 \(k\) とは別物だ。同じ文字 \(k\) が違う役で顔を出すので、文脈で読み分けたい(この \(h,k,l\) は次章のミラー指数で本格的に使う)。

よくある混同

\(\mathbf{G}\)\(\mathbf{k}\) は、どちらも単位が Å⁻¹ で、どちらも逆空間に住む。見た目が近いので取り違えやすい。区別の鍵は役割だ。\(\mathbf{G}\)結晶が決める飛び飛びの点で、結晶を取り替えない限り動かない。\(\mathbf{k}\)そこに置く状態に振るラベルで、第一 BZ の中を連続的に動く。「結晶側の \(\mathbf{G}\)」と「状態側の \(\mathbf{k}\)」――この二つを取り違えると、逆空間の話が一気にこんがらがる。

なお、波をひとまとめに扱うとき、\(\cos\)\(\sin\) を別々に書く代わりに \(\exp(i\mathbf{k}\cdot\mathbf{r})\) という複素数の書き方を使うことがある。これは正弦波と余弦波をまとめた省略記法だと思っておけばよい。本章の議論は実数の \(\cos,\ \sin\) だけで閉じているので、複素数の本格的な扱いは必要になる第5章以降に譲る。

6 素朴な \(2\pi/a\) が破れるとき

ここまで、原子間隔 \(a\) に対し、同期する波数は \(2\pi/a\)、その整数倍――と素直に進んできた。1次元では、これで何も問題がない。実は、軸が直角に交わる立方格子のような場合も、各軸でこの素朴な対応がそのまま効く。

ところが、本書の Co 金属は六方晶で、二つの軸が \(120°\) で交わっている。ここで素朴な \(2\pi/a\) を当てると、合わない。\(a\approx2.51\) Å なら \(2\pi/a\approx2.50\) Å⁻¹ と見積もりたくなるが、正しい逆格子ベクトルの長さは

\[ |\mathbf{b}_1| = \frac{4\pi}{\sqrt{3}\,a} \approx 2.89\ \text{Å}^{-1} \]

で、\(2.50\) Å⁻¹ とは一致しない。いっぽう、直角に交わる \(c\) 方向だけは \(|\mathbf{b}_3|=2\pi/c\) がぴったり成り立つ。「はじめに」で置いた石――素朴な直感は直交格子でしか効かない――が、ここで顔を出す。

なぜ斜めの軸では \(\sqrt{3}\) の補正が入るのか。その答えは、逆格子ベクトルを内積の条件 \(\mathbf{a}_i\cdot\mathbf{b}_j=2\pi\delta_{ij}\)\(\delta_{ij}\)\(i=j\)\(1\)\(i\neq j\)\(0\))から正面から導く次章で回収する。本章で手に入れた「同期する波=逆格子」という1次元の像が、その3次元版を読む土台になる。

7 この章の到達点

高校物理の正弦波から出発して、逆空間の二つの主役を手に入れた。結晶の周期に同期する波――波長が原子間隔の整数分の一になる波――が逆格子 \(\mathbf{G}\) を作り、その間隔 \(2\pi/a\) を法として丸めた波数 \(\mathbf{k}\) の代表範囲が第一ブリルアンゾーン \(-\pi/a\le k\le\pi/a\) になる。\(\pi/a\) で切るのは、そこが隣の代表とのちょうど中間だからだった。そして \(\mathbf{G}\)(結晶が決める目盛り)と \(\mathbf{k}\)(状態に振るラベル)は、別の役割をもつ別物である。

次章では、この \(\mathbf{G}\) を1次元から3次元へ引き上げ、\(\mathbf{a}_i\cdot\mathbf{b}_j=2\pi\delta_{ij}\) から逆格子ベクトルを導いて、\(|\mathbf{b}_1|\neq2\pi/a\) という \(\sqrt{3}\) の宿題を片づける。さらに第6章では、第一 BZ をどれくらい細かく標本化すれば足りるか――k 点という、計算の細かさそのものの話に進む。波数の代表範囲をどう刻むかが、そこで計算の重さを決める。