11  どこまで言えるか

同じ計算から、「格子定数を 1 % の精度で再現した」とも「ギャップは当てにならない」とも言える。
この二つを同じ口調で書いてはいけないのは、なぜか。

この章のゴール:一つの計算から引ける複数の主張を強い順に並べ、「いま言えること/まだ言えないこと」を、読者が信頼度を見積もれるようにするための書き分けとして設計できるようになる。

前章で、ひとつの居心地の悪い事実に行き当たった。覚えているだろうか。同じ PBE という枠組みが、格子定数については構造を緩めれば実験値 5.431 Å を 1 % 以内で言い当てるのに、バンドギャップについては教科書の約 1.1 eV のおよそ半分、0.6 eV 前後にしかならない。それでも、この二つの量の「確からしさ」は、まるで違っていた。

いま私たちの手元にあるのは、シリコンについての一山の数字である。格子定数、凝集エネルギー、バンドギャップ。これらをこれから言葉にして、人に伝えたり、論文に書いたり、自分の判断の根拠にしたりする。そのとき問われるのは「何が出たか」だけではない。「それを、どれくらいの強さで言ってよいか」である。本章は、同じ数字を前にして、強さの違う主張を見分け、それぞれにふさわしい口調で書き分けるための章である。

1 一つの計算、いくつもの主張

計算は一度しか回していない。出力も一通りである。ところが、その一通りの出力から引ける「文」は、一通りではない。

PBE で緩めたときの格子定数 \(a \approx 5.47\) Å を例にとろう。この数字を種にして、私たちは少なくとも次の四つの文を書ける。

  • ecutwfc 60 Ry、K_POINTS 8×8×8、PBE で構造を緩和すると、格子定数は約 5.47 Å になる。」
  • 「計算した格子定数は、実験値 5.431 Å を 0.7 % で再現した。」
  • 「PBE はシリコンの格子をわずかに広めに見積もる傾向がある。」
  • 「シリコンの格子定数は 5.47 Å である。」

四つとも、もとは同じ一つの数字から出ている。しかし、確からしさは四つで大きく違う。一つめは、計算機が実際に吐いた値をそのまま書いただけだから、ほとんど反論の余地がない。同じ条件で回せば、誰がやっても同じ数字が出る。二つめは、そこに実験値という外の基準を一つ持ち込んで、一致の度合いまで踏み込んでいる。三つめは、シリコン一例から「PBE という近似の癖」へと一般化していて、もう一段だけ背伸びをしている。そして四つめは――いちばん短くて言い切っているこの文が、じつはいちばん危うい。計算という限定も、実験との 0.7 % のずれも消し去って、「5.47 Å がシリコンの格子定数だ」と本物に貼りつけてしまっている。

同じ材料から、これだけ強さの違う文が引ける。にもかかわらず、私たちはつい、全部を同じ「〜である」の調子で並べてしまう。読む側はその調子を信頼度の合図として受け取るから、強さの違う主張が同じ顔で並んでいると、どれをどれだけ信じてよいか分からなくなる。だから、書く前に一度、強さで並べ替えておく必要がある。

2 強い主張から弱い主張へ ― 五つの段

並べ替えると、主張はおおむね五つの段に分かれる。上の段ほど反論しにくく、下の段ほど書き手の判断と将来の確認に依存する。シリコンの結果を、その五段に実際に載せてみよう。

  1. データそのもの。 「標準的な PBE 計算で、緩和後の格子定数 約 5.47 Å、バンドギャップ 約 0.6 eV、凝集エネルギー 約 4.6 eV/atom が得られる。」これは計算の出力をそのまま述べた段で、いちばん強い。検算は「同じ条件で回せば同じ値か」だけで済む。
  2. 既知の値と突き合わせた主張。 「格子定数は実験 5.431 Å を 0.7 % で再現した」「凝集エネルギーは実験の約 4.6 eV/atom と同じ桁・近い値に収まった」。外の基準と並べて、一致の度合いまで言っている。第8章でやった突き合わせが、この段を支える。
  3. 示唆。 「PBE はシリコンのギャップを系統的に小さく見積もる傾向がある。」シリコン一例からの一般化なので、「傾向」「示唆」という幅をもたせる。第9章で見た「収束済みでも半分」という構造とは整合するが、一物質だけで断定までは進めない。
  4. 保留。 「計算値 0.6 eV を、シリコンの真のバンドギャップとしてそのまま採用するのは、いまは保留する。」なぜ保留かは前章ではっきりした。実験の 1.1 eV と並べると半分で、そもそも 0.6 eV が「何の量なのか」が宙に浮いているからだ。これは確認の途中であることの、正直な記録である。
  5. 設計指針。 「構造で決まる量(格子定数)は、この計算でそのまま信用してよい。励起に関わる量(ギャップ)は、別の道具を用意してから出す。」出力をどう次の手につなぐかという、いちばん先の段である。
flowchart TB
    OUT["PBE 計算が返すシリコンの数字<br>a ≈ 5.47 Å / E_g ≈ 0.6 eV / 凝集 ≈ 4.6 eV/atom"]
    R1["第1段 データそのもの<br>『この条件で、この値が出た』"]
    R2["第2段 突き合わせた主張<br>『格子定数は実験を 0.7 % で再現』"]
    R3["第3段 示唆<br>『PBE はギャップを過小評価する傾向』"]
    R4["第4段 保留<br>『0.6 eV を真のギャップと読むのは次章まで保留』"]
    R5["第5段 設計指針<br>『構造はこの計算で足り、ギャップは次の道具へ』"]
    OUT --> R1 --> R2 --> R3 --> R4 --> R5
    style OUT fill:#f0f4ff,stroke:#2a4d8f,color:#000
    style R1 fill:#d4edda,stroke:#28a745,color:#000
    style R2 fill:#d4edda,stroke:#28a745,color:#000
    style R3 fill:#fff3cd,stroke:#ffc107,color:#000
    style R4 fill:#d1ecf1,stroke:#17a2b8,color:#000
    style R5 fill:#d4edda,stroke:#28a745,color:#000
図 1: 一つの計算の出力から、強さの違う主張が引ける。上の段ほど反論しにくく、下の段ほど書き手の判断と将来の確認に依存する。既知の値と突き合わせたかどうかが、どこまで上の段を名乗れるかを決める。

なぜ下の段ほど弱くなるのか。理由は単純で、段を一つ下りるたびに、主張は仮定をひとつ余計に背負うからである。第1段は「同じ条件なら同じ値が出る」という再現性だけを当てにする。第2段は、そこに「実験値 5.431 Å が比べる相手としてふさわしい」という仮定が一つ乗る。第3段は「シリコンで見えた癖は PBE という近似一般の癖だ」と、一物質から方法全体へ広げる仮定をもう一つ足す。第4段の保留は、足した仮定のどれかがまだ確かめ切れていないと正直に認める段だ。背負う仮定の数が増えるほど、主張は外からの一撃で揺れやすくなる。だから強さの順は、そのまま「どれだけ仮定に寄りかかっているか」の順でもある。

この五段が絵そらごとでないことは、数字で確かめられる。格子定数とギャップが別の段に載るのは、気分の問題ではない。まず二つのずれを見積もろう。格子定数の相対誤差は \[ \frac{5.47 - 5.431}{5.431} = \frac{0.039}{5.431} \approx 0.0072, \] すなわち約 0.7 %。一方、ギャップの不足は \[ \frac{1.1 - 0.6}{1.1} = \frac{0.5}{1.1} \approx 0.45, \] 約 45 % にのぼる。両者の比をとれば \(0.45 / 0.0072 \approx 60\)、ほぼ二桁近い開きである。同じ PBE が相手にする二つの量が、一方は実験と 1 % 以下、もう一方は 4 割以上もずれている。以上より、この二つを同じ「〜である」で書いてしまえば、60 倍の確からしさの差を読者から隠すことになる。格子定数は第2段に堂々と載せてよく、ギャップは第4段で手を止めておく――数字そのものが、そう要求している。

ついでに、三つめの段――示唆――を将来どう強くできるかも見ておこう。「PBE はギャップを過小評価する傾向がある」をシリコン一例で言い切るのは背伸びだが、もし同じ計算をゲルマニウムやガリウムヒ素といった他の半導体にも当て、どれでも実験より小さいギャップが出たなら、この一文は「示唆」から「複数の物質で確かめた傾向」へと一段上がる。段を上げる手立てがあると分かっていることと、いま何段目に載せるかは、別に考えればよい。手元に一例しかないうちは幅をもたせた言い方にとどめ、確かめが増えたら言い切りを強める――この上げ下げを自分で操れることが、ここでの収穫である。

3 「まだ言えない」を正しく書く

四つめの段、保留を「謙遜」や「逃げ」と感じる読者がいるかもしれない。せっかく計算したのだから言い切りたい、保留などと書くのは自信のなさの表れではないか、と。だが、ここで保留が果たしている役割は、謙遜とはまったく別のところにある。

仕組みを一つの対比で見よう。「シリコンのバンドギャップは 0.6 eV である」と言い切った文を読んだ人は、それを信頼度ほぼ 100 % の事実として受け取る。教科書の 1.1 eV と同じ重みで頭に入れてしまう。一方、「計算は 0.6 eV を返したが、これを真のギャップと読むのは次章まで保留する」と書けば、読む人は「ここは確かめの途中だ」という位置を正確に受け取れる。保留という一語が、信頼度の境界がどこに引かれているかを、読者に手渡しているのである。

つまり保留は、情報を減らす言葉ではなく、増やす言葉だ。「どこまでが確かで、どこから先が未確認か」という線の位置こそ、読者が自分で信頼度を見積もるために最も必要とする情報である。それを書き手が省いてしまうと、読者は全部を同じ強さで信じるか、全部を同じだけ疑うかの、雑な二択に追い込まれる。線を引いて渡すことは、書き手にできるいちばん実際的な親切である。

「まだ言えない」には種類が二つあることも、見分けておきたい。ひとつは、比べる相手をまだ用意していないから保留する、というもの。新しく出した量に既知の値をまだ並べていない段階がこれにあたる。もうひとつは、比べてみたら桁で食い違ったから保留する、というものだ。ギャップの 0.6 eV はこちらで、実験の 1.1 eV と並べたうえで保留に落ちている。前者は「これから突き合わせる」、後者は「突き合わせたうえで、それが何の値かを次の道具で確かめる」と書けば、読者は次に何が起きるかまで受け取れる。同じ「まだ言えない」でも、手渡すべき次の一手は違う。

だから保留は、後ろ向きの言葉として書かなくてよい。「ここまでは言える、続きは次の道具で確かめる」と、前へ続く形で書けばよい。0.6 eV は計算がその条件で確かに返した値であり(第1段は揺るがない)、それが本物のギャップと何 eV ずれているかは次章で道具を入れて詰める。保留とは、この「ここまで来た」と「ここから先」を、同じ一文の中で正直に分ける書き方のことだ。

4 検算が、どの段まで名乗れるかを決める

ここまでで、段の高さは書き手の度胸では決まらない、と見えてきたはずだ。では何が決めるのか。検算である。ある量について既知の値と突き合わせたかどうかが、その量をどの段まで持ち上げてよいかを決める。

格子定数を思い出そう。これを第2段(突き合わせた主張)に載せられたのは、第8章で実験値 5.431 Å と並べ、0.7 % という一致まで確かめたからだった。凝集エネルギーを「結合の強さを桁で再現した」と言えるのも、実験の約 4.6 eV/atom と桁を見比べたからだ。突き合わせという作業が済んでいるから、データの段から一段上がれる。

ギャップも、じつは突き合わせは済んでいる。教科書の 1.1 eV と並べた。ただし結果は格子定数と逆で、突き合わせた瞬間に「半分しかない」と分かった。だから検算は、このギャップを上の段へ押し上げるのではなく、第4段(保留)へ引き下ろす働きをした。ここが大事なところで、検算は主張を強くするためだけの道具ではない。値が合えば段を上げ、桁で食い違えば段を下げる。どちらに転んでも、検算は「この量はどの高さで語ってよいか」を教えてくれる。

裏を返せば、まだ既知の値と突き合わせていない量は、上の段を名乗れない。その量についてできるのは、第1段――「この条件でこの値が出た」とデータのまま書くことだけである。これは制約というより、手順の指示と読むのがよい。何か新しい量を出したら、まず既知の値か理論の見積もりを探して横に並べる。その突き合わせの結果が、次に書く一文の口調を決める。数字を出したら、必ず一つ、横に既知の値を置く――本書が第3章から繰り返してきたこの作法は、つまるところ、自分の主張を何段目に載せてよいかを自分で判定するための手続きだったのである。

強さを保ったまま、一文に畳む

強さを刻むと聞くと、注釈だらけの長い文を書かされる気がするかもしれない。だが、段の違いは一文の中にも畳み込める。たとえばシリコンの結果は、こう書ける。

PBE 計算はシリコンの格子定数を実験比 0.7 % で再現したが、バンドギャップは約 0.6 eV と実験値(約 1.1 eV)の半分にとどまり、この値を真のギャップと同一視するのはここでは保留する。

一文の前半は実験と突き合わせた第2段、後半はデータ(第1段)と保留(第4段)を「が」でつないで並べている。短くても、どこが確かでどこが確認の途中かは、はっきり伝わる。誠実さと簡潔さは、両立する。

小課題 10.1

次の五つの文は、すべてシリコンの同じ計算結果について述べたものである。

    1. ecutwfc 60 Ry、8×8×8 の K_POINTS、PBE で緩和すると、格子定数は約 5.47 Å になる。」
    1. 「シリコンの格子定数は 5.47 Å である。」
    1. 「計算した格子定数 5.47 Å は、実験値 5.431 Å を約 0.7 % で再現した。」
    1. 「シリコンのバンドギャップは 0.6 eV である。」
    1. 「PBE はシリコンのギャップを過小評価する傾向がある。」
  1. 五つを、主張の強い(反論しにくい)順に並べ替えよ。

  2. このうち、そのまま書いてよいものはどれか。書き換えが要るものは、どう直すか。

解答例

  1. 強い順に並べると、おおむね A → C → E → D → B となる。A は計算の出力をそのまま述べた第1段。C は実験値と突き合わせて一致まで言った第2段。E はシリコン一例から近似の癖へ一般化した第3段(示唆)。D は計算値 0.6 eV を本物のギャップに貼りつけており、半分しかない以上いまは保留すべき第4段。B は計算という限定も 0.7 % のずれも消して 5.47 Å を本物に貼りつけており、五つでいちばん危うい。

  2. A・C・E はそのまま書いてよい。 E は「傾向がある」という幅をきちんと残しているので、示唆として成立している。B は書き換える。 「計算では約 5.47 Å が得られ、実験値 5.431 Å を約 0.7 % 過大評価した」とすれば、第2段の正直な文になる。D も書き換える。 「計算値は約 0.6 eV で、実験の約 1.1 eV の半分だった。これを真のギャップと読むのは次章まで保留する」とすれば、第1段の事実と第4段の保留を、前向きに分けて書ける。

並べ替えてみると、いちばん短く言い切った B と D が、いちばん書き換えを要したことに気づくはずだ。強い口調と強い主張は、別物である。

よくある誤解

「学術的な文章は、何でもきっぱり『〜である』と言い切るのがよい」と思いがちだ。だが、強さの違う主張を全部同じ断定口調で並べると、読者は信頼度の合図を受け取れず、格子定数の 0.7 % もギャップの保留も、同じ重みに見えてしまう。強さを段で刻んで書くことは、自信のなさの表れではない。むしろ、どこまでが確かでどこから先が未確認かを読者に手渡す、いちばん誠実で親切な書き方である。言い切る勇気と、強さを刻む誠実さは、両立する。

5 この章のまとめ

同じ計算結果を前に、私たちは強さの違う主張を見分けられるようになった。

  • 一つの出力からは、強さの違う複数の文が引ける。データそのもの→既知の値と突き合わせた主張→示唆→保留→設計指針、と段が下がるほど、書き手の判断と将来の確認に依存する。
  • シリコンでは、格子定数(実験を 0.7 % で再現)は突き合わせ済みの強い段に、ギャップ(実験の半分)は保留の段に載る。両者の確からしさはほぼ二桁近く違う。だから同じ口調では書けない。
  • 保留は謙遜ではなく情報設計である。「ここまで言える、続きは次の道具で」と前向きに書くことで、読者は信頼度の境界を自分で見積もれる。
  • どの段を名乗れるかを決めるのは検算である。既知の値と突き合わせた量は段を上がれ、突き合わせていない量はデータの段にとどめる。

そして、この章は一つの設計指針に着地する。構造で決まる量は、この計算のまま信用してよい。励起に関わる量――ギャップ――は、別の道具を用意してから出す。ここまで来れば、ギャップが半分しか出ないという事実は、計算の失敗ではなく、次の一手を呼ぶ宿題に見えてくる。

研究は、ギャップが半分だと分かったところで終わらない。むしろ、そこから始まる。次にどんな計算を設計すれば、この 0.6 eV と本物の 1.1 eV の隔たりに手が届くのか。いよいよ、読む側から書く側へ回ろう。