4 断言を、条件つきの主張へ
「重い物体ほど速く落ちる」は、完全に誤りなのか。 それとも、条件つきで部分的に成り立つのか。
まだ答えを書かなくてよい。 ただし、「完全に誤り」と「部分的に成り立つ」のどちらに近いと感じたかだけは、 余白にメモしておいてほしい。 あとで使う。
第1章では「見たこと」と「そこから言えること」を分ける練習をした。 第2章ではCER(主張・証拠・理由づけ)を使い、主張を他者に伝える枠組みを学んだ。 第3章ではグラフを証拠として使う方法を扱った。
ここまでの三章で繰り返し出てきた場面がある。 「言いすぎ」である。 第1章では、観測に含まれない一般化を「言いすぎ」と呼んだ。 第3章では、グラフから読み取れない因果関係を主張することを「言いすぎ」と指摘した。
この章では、「言いすぎ」の正体に踏み込む。 なぜ断言は壊れやすいのか。 断言が壊れたとき、それを「間違い」と捨てるのではなく、 条件を加えてより正確な主張に組み替える方法を学ぶ。
4.1 「いつでも」「必ず」はなぜ危ういのか
次の三つの主張を読んでほしい。
- 主張A:「重い物体ほど速く落ちる。」
- 主張B:「力がはたらいている方向に物体は動く。」
- 主張C:「ばねを引っ張ると、引っ張った分だけ伸びる。」
どれも日常の直感にはかなっている。 しかし、どれも「いつでも・必ず成り立つ」と言ってよいかは、 少し考えると怪しくなる。
主張Aについて考える。 ボウリングの球とピンポン球を同時に落としたら、 ボウリングの球が先に着く──ように見える。 しかし第1章でも触れたように、 同じ形・同じ大きさの鉄球とアルミ球を落とすと、 到達時刻の差は目視では確認できない。 この主張は「いつでも」成り立つわけではない。
主張Bについて考える。 小球を真上に投げた直後を想像してほしい。 このとき、重力は下向きにはたらいている。 しかし小球は、まだ上向きに動いている。 力は下向き、動きは上向き──方向が逆である。
主張Cについて考える。 ばねに小さなおもりをぶら下げると、 おもりの重さに比例して伸びる(フックの法則)。 しかし、おもりをどんどん重くしていくと、 ある時点でばねは元に戻らなくなる。 さらに引っ張れば、切れる。
三つの主張に共通するのは、 条件や範囲を示さないまま一般化していることである。 条件を示さない主張は、たった一つの反例で崩れる可能性がある。
断言が危ういのは、間違っているからではない。 成り立つ範囲を示していないからである。
小課題 4-1
次の五つの主張について、 (a) それが成り立ちそうな場面を一つ、 (b) それが成り立たなくなりそうな場面を一つ、 それぞれ具体的に書け。
- 「温度を上げると、気体の体積は大きくなる。」
- 「摩擦力は運動を妨げる方向にはたらく。」
- 「高いところから落としたほうが、大きな音がする。」
- 「電流が大きいほど、豆電球は明るく光る。」
- 「物体は、力を加えないと動かない。」
解答例 4-1
- 問1 (a) ゴム風船を温めると膨らむ。容器が柔軟で気体が自由に膨張できる場合には成り立つ。
- 密閉した鉄の容器に入った気体を温める。体積は変わらず、代わりに圧力が上がる。容器が膨張を許さない場合には、温度を上げても体積は変わらない。
- 問2 (a) テーブルの上で本を押すとき、摩擦力は押す方向と逆向きにはたらく。本の運動を妨げる方向である。
- 歩くとき、靴底と地面の間の摩擦力は前向きにはたらく。この場合、摩擦力は歩行を助ける方向にはたらいている。ただし、靴底が地面に対して後ろに滑ろうとするのを妨げているという意味では、「滑りを妨げる」と言うこともできる。
- 問3 (a) 高さ 2 m からコンクリート床にガラス玉を落とすと、高さ 0.5 m のときより大きな音がする。落下距離が大きいほど着地時の速度が大きくなり、床との衝突で発生する音も大きくなる。
- 砂地に物体を落とす場合、高さを変えても音の大きさはほとんど変わらないことがある。砂が衝撃を吸収するため、衝突音が生じにくい。また、羽毛のように空気抵抗が大きく終端速度の低い物体は、高さを増しても着地時の速度がほとんど変わらず、音の大きさも変わらない。
- 問4 (a) 豆電球1個と乾電池1個の回路で、電池を1個から2個(直列)に増やすと電流が大きくなり、豆電球はより明るく光る。豆電球が定格範囲内で使われている場合に成り立つ。
- 電流を大きくしすぎると、豆電球のフィラメントが焼き切れて光らなくなる。また、LED(発光ダイオード)の場合は定格電流を超えると破損する。「大きいほど明るい」は定格の範囲内でしか成り立たない。
- 問5 (a) 床に置かれた重い箱は、押さないと動かない。静止摩擦力があるため、力を加えなければ動き出さない。
- 宇宙空間で浮いている物体は、力を加えなくても等速直線運動を続ける(慣性の法則)。摩擦も重力もない環境では、「力がなければ動かない」は成り立たない。
4.2 それは本当に反例か
前節で、断言が成り立たない場面をいくつか見つけた。 しかし、ここで慎重になる必要がある。 「成り立たない場面がある」ことと「その場面が反例である」ことは、 同じではない。
具体例で考える。次の二つの主張を比べてほしい。
- 主張A(広い):「重い物体ほど速く落ちる。」
- 主張B(狭い):「同じ形・同じ大きさの物体どうしを、空気中で同じ高さから落としたとき、質量が大きいほうが落下時間は短い。」
主張Aに対して、「真空中では羽毛も鉄球も同時に着地する」という事実を突きつけたとする。 これは主張Aの反例か。──おそらく反例と言ってよい。 主張Aは条件を一切示していないので、真空中の場合も含まれる。 そしてその場合に結論が成り立たない。
では、主張Bに対して、「真空中では羽毛も鉄球も同時に着地する」は反例になるか。 ──ならない。 主張Bは「空気中で」「同じ形・同じ大きさの」という条件を含んでいる。 真空中の実験は、この条件を満たしていない。 条件の外の話を持ち出しても、主張Bは傷つかない。
もう一つ考える。 「同じ形・同じ大きさの鉄球とアルミ球を空気中で高さ 2 m から落としたところ、到達時刻に差が見られなかった」 という結果があったとする。 これは主張Bの反例か。 この場合、条件(同じ形・同じ大きさ、空気中)は満たしているが、 結論(質量が大きいほうが落下時間は短い)に反している。 これが反例である。
ここで一般的な原則を整理する。
ある主張の反例と呼べるためには、二つの条件を満たす必要がある。
- 元の主張が想定している条件をすべて満たしている。
- それでも、主張の結論に反している。
この二つを満たさない例は、反例ではなく「条件の違う場面」にすぎない。
反例は、ただ「違う場面」を持ち出すことではない。 もとの主張が想定している条件の中で、なお成り立たない例である。
もう一つの例を見ておく。
「力がはたらいている方向に物体は動く」という主張に対して、 「真上に投げた小球は、投げた直後、重力(下向き)とは逆に上向きに動いている」 という場面を考える。
この場面は反例か。 答えるためには、元の主張が何を条件としているかを考える必要がある。 しかし、元の主張には条件が示されていない。 「物体がはじめ静止している場合」なのか、「すべての瞬間」なのか、 「動く」とは瞬間の速度のことか、加速度のことか。
条件が曖昧な主張に対しては、反例かどうかの判定すらできない。
ここに、条件を明示することのもう一つの意味がある。 条件を示すことは、主張を弱めるためではない。 反例の判定を可能にするためでもある。
小課題 4-2
次の各組について、「例」が「主張」の反例であるかどうかを判定し、 理由を一文ずつ書け。反例でない場合は、なぜ反例にならないのかを説明すること。
主張:「金属は電気を通す。」
例:「木は電気を通さない。」主張:「同じ形の物体どうしを比べた場合、質量が大きいほど空気中の落下時間は短い。」
例:「真空中で質量の異なる二つの鉄球を落としたところ、同時に着地した。」主張:「ばねの伸びは、かける力に比例する(フックの法則)。」
例:「ばねに非常に大きな力をかけたら、伸びきって元に戻らなくなった。」主張:「質量が大きいほど、同じ力で加速しにくい(慣性が大きい)。」
例:「質量 10 kg の台車に 5 N の力を加えたところ、加速度は 0.5 m/s\(^2\) であった。一方、質量 20 kg の台車に同じ 5 N の力を加えたところ、加速度は 0.25 m/s\(^2\) であった。」
解答例 4-2
問1:反例ではない。 主張は「金属」について述べている。木は金属ではないので、主張の条件(対象が金属であること)を満たしていない。ただし、「金属は電気を通す」には隠れた条件がある可能性もある(常温で、十分な太さがあり、など)。
問2:反例ではない。 主張は「空気中の」落下時間について述べている。真空中の実験は、この条件を満たしていない。
問3:反例である可能性がある。 フックの法則には「弾性限界の範囲内で」という条件が暗黙に含まれている。もしこの条件を主張の一部とみなせば、弾性限界を超えた実験は条件を満たさないので反例にはならない。しかし、元の主張にはその条件が書かれていない。反例かどうかの判定は、元の主張が条件をどこまで明示しているかに依存する。
問4:反例ではない。 質量 20 kg の台車の加速度(0.25 m/s\(^2\))は質量 10 kg の台車の加速度(0.5 m/s\(^2\))より小さい。これは主張の結論(質量が大きいほど加速しにくい)と一致しているので、反例ではなく支持する証拠である。
4.4 主張をどう書き換えるか
断言の裏に隠れた条件が見えたら、 次はその主張を書き換える作業に入る。 書き換えの方法は、大きく二つある。
直し方A:条件を明示する
もとの主張に、必要な条件を加えて書き直す方法である。
書き換え例1
| 主張 | |
|---|---|
| 元の主張 | 重い物体ほど速く落ちる。 |
| 書き換え後 | 空気抵抗が無視できない条件で、同じ形・同じ体積の物体どうしを比較した場合、質量が大きいほうが終端速度は大きい。 |
書き換え後の主張は、元の主張より長い。 しかし、何がどの範囲で言えるかが明確になっている。 さらに、「重い物体ほど速く落ちる」がどの意味で正しかったのかが見える。 空気抵抗がある場合には、質量が大きいほうが終端速度は確かに大きくなる。 断言を捨てたのではない。精度を上げたのである。
書き換え例2
| 主張 | |
|---|---|
| 元の主張 | ばねを引っ張ると、引っ張った分だけ伸びる。 |
| 書き換え後 | 弾性限界の範囲内で、ばねに加える力を \(F\)、自然長からの伸びを \(x\) とすると、\(F\) と \(x\) は比例する(\(F = kx\))。 |
「引っ張った分だけ」という曖昧な表現が、 「\(F\) と \(x\) の比例関係」として精密化されている。 同時に、「弾性限界の範囲内で」という条件が明示されたことで、 「引っ張りすぎたら元に戻らない」という事実も説明できる。
直し方B:関係そのものを言い換える
条件を足すだけでは救えない場合がある。 主張が述べている関係そのものが不正確な場合は、 関係自体を書き換える必要がある。
書き換え例3
| 主張 | |
|---|---|
| 元の主張 | 力がはたらいている方向に物体は動く。 |
| 書き換え後 | 力は、物体の速度を変化させる。その変化の向き(加速度の向き)は力の向きと一致する。 |
この場合、条件を足して「物体が静止しているとき、力の向きに動き始める」と直すこともできる。 しかし、それでは「動いている途中」の場合を説明できない。 「動く」を「速度が変化する」に言い換えることで、 静止している場合も動いている場合も、一貫して説明できるようになる。 これは条件の追加ではなく、関係そのものの修正である。
ここで確認しておくべきことがある。
すべての誤りが、条件を足すだけで救えるわけではない。 主張が述べている関係そのものが不正確な場合は、関係の書き換えが必要になる。
直し方Aと直し方Bの使い分けを整理する。
| 判断 | 直し方 | 典型的な状況 |
|---|---|---|
| 主張の方向性は正しいが、適用範囲が広すぎる | A:条件を加える | 「重い物体ほど速く落ちる」→ 空気抵抗がある場面では方向性は合っている |
| 主張の関係そのものが不正確 | B:関係を言い換える | 「力の向きに動く」→ 力と速度ではなく、力と加速度の関係に修正 |
小課題 4-4
次の三つの断言を、直し方A(条件の追加)または直し方B(関係の修正)で 書き換えよ。どちらの方法を選んだかも明示すること。
- 「氷は 0°C で溶ける。」
- 「作用と反作用は打ち消し合うので、力をかけても物体は動かない。」
- 「電池を直列につなぐほど、豆電球は明るくなる。」
解答例 4-4
問1(直し方A:条件の追加)
元の主張:「氷は 0°C で溶ける。」
書き換え:「1気圧のもとで、純水でできた氷は 0°C で溶け始める。」
理由:氷の融点は圧力に依存する。また、塩水から作った氷は 0°C より低い温度で溶け始める。「0°C で溶ける」という関係の方向性は正しいが、圧力と不純物の条件が隠れていた。
問2(直し方B:関係の修正)
元の主張:「作用と反作用は打ち消し合うので、力をかけても物体は動かない。」
書き換え:「作用と反作用はそれぞれ別の物体にはたらく。同じ物体にはたらく力ではないので、打ち消し合わない。物体が動くかどうかは、その物体にはたらく力の合計(合力)で決まる。」
理由:この主張は、作用と反作用が同じ物体にはたらくという誤った前提に立っている。条件を足しても救えない。力の対が別々の物体にはたらくという関係自体を修正する必要がある。
問3(直し方A:条件の追加、および直し方B:関係の補足)
元の主張:「電池を直列につなぐほど、豆電球は明るくなる。」
書き換え:「豆電球の定格電圧以下の範囲で、直列に接続する電池の数を増やすと、回路の電圧が増加し、豆電球を流れる電流が大きくなるため、豆電球はより明るく光る。ただし、定格電圧を大きく超えるとフィラメントが焼き切れて光らなくなる。」
理由:元の主張は「つなぐほど明るい」と無限に成り立つかのように読めるが、実際には豆電球には定格があり、それを超えれば破損する。条件の追加(定格以下であること)に加え、「明るくなり続ける」という関係自体にも上限があることを補足する必要がある。
4.5 自分の主張を査読する
ここまでで、断言を条件付き主張へ書き換える方法を学んだ。 しかし、他人の主張を直すのと、 自分の主張を直すのとでは、難しさがまったく違う。
自分の書いた主張は、自分にとっては「もう正しく書けた」ように見える。 隠れた条件は、自分の頭の中では当然のこととして省略される。 だからこそ、自分の主張を意図的に疑う手順が必要になる。
ここでは、自己査読のための三つの問いを導入する。
「いつでも」を付けても成り立つか。
自分の主張に「いつでも」「すべての場合に」を付けてみる。 それが明らかに言いすぎであれば、条件が不足している。反例を自分で作れるか。
主張の条件を満たしつつ結論に反する例を、自分で一つ考えてみる。 作れた場合は、条件の見直しが必要である。 作れない場合も、「作れなかった」と「存在しない」は違うことに注意する。書き換え前と書き換え後を並べたか。
書き換えの成果は、元の主張と比べてはじめて見える。 何が変わったのかを言語化できなければ、改稿したとは言えない。
条件を加えることは主張を弱めるのではなく、主張の精度を上げる行為である。
この発想は第1章で予告していた。 「まだ言えないこと」を残すことが議論を強くするのと同じ原理である。 条件を明示することで、主張は「この範囲では確かに言える」という 堅固な領域を持つことになる。
小課題 4-5
第1章の小課題 1-3 で、あなたは次の三つの曖昧な問いを検証可能な問いに書き換えた。
1.「お湯は水より速く凍るか」 2.「高いところから落とすほど物体は壊れやすいか」 3.「磁石は温度に弱いか」
その中から自分の解答を一つ選び、 以下の三つの観点で自己査読せよ。
- 自分の書き換えた問いに「いつでも」を付けた場合、不自然にならないか。
- 自分の書き換えた問いの条件を満たしつつ、予想と反する結果が出そうな場面を一つ挙げよ。
- 元の問いと書き換えた問いを並べ、何が変わったか(加わった条件、狭まった範囲)を一文で説明せよ。
解答例 4-5
小課題 1-3 の問1「お湯は水より速く凍るか」を書き換えたとする。
書き換えた問い:「200 mL のプラスチック容器に入れた 90°C の水と 20°C の水を、\(-20\)°C の冷凍庫に同時に入れたとき、凍り始めるまでの時間に 30分以上の差があるか。」
(a) 「いつでも」テスト: 「いつでも、200 mL の 90°C の水は 20°C の水より速く凍り始める」──これは言いすぎである。容器の素材、冷凍庫の冷却能力、置く場所などの条件によって結果が変わりうる。
(b) 予想と反する場面: 容器を蓋で密閉し、断熱材で包んだ場合、90°C の水のほうが冷えるまでに長い時間がかかり、20°C の水が先に凍り始める可能性がある。蓋をしない場合に生じる蒸発による冷却効果が封じられるためである。
(c) 何が変わったか: 容量・容器の素材・初期温度・冷凍庫の温度・「凍り始める」の定義・判定基準が加わった一方、この特定の条件以外の状況(異なる容量、異なる温度差など)については言えなくなった。
4.6 まとめと小演習
この章で扱ったことを振り返る。
まず、「いつでも」「必ず」という断言がなぜ壊れやすいかを確認した(セクション 4.1)。 次に、反例と条件の違いの区別を学んだ(セクション 4.2)。 さらに、隠れた条件を三つの種類に分けて見つける方法を整理し(セクション 4.3)、 断言を条件付き主張に書き換える二つの方法──条件の追加と関係の修正──を練習した(セクション 4.4)。 最後に、自分の主張を自己査読する手順を導入した(セクション 4.5)。
以上をまとめると、次のことが言える。
- 断言の壊れやすさを、条件が欠けていることとして説明できる。
- 反例と「条件の違う場面」を区別できる。
- 隠れた条件を、比較・環境・定義の三つの観点で見つけられる。
- 断言を、条件付きのより正確な主張に書き換えられる。
- 自分の主張を、三つの問いで査読できる。
第1章から第3章で「見る」「分ける」「グラフで裏づける」力を身につけた。 この章で、主張に条件を加えて精密化する力を手にした。 第5章では、ここで扱った「条件」の多くが、 実は物理のモデルの前提であることを見ていく。
小演習
小演習 4-A
次の会話を読み、AとBの発言それぞれについて、 (a) 断言になっているか、条件付き主張になっているか、 (b) 改善するとしたらどう書き換えるか、を書け。
A:「ものは高いところから落としたほうが速く落ちる。」
B:「それは違う。落下速度は高さに関係ない。地球上ではどんな物体も同じ速度で落ちる。」
A:「でも、2階から落としたときと10階から落としたときでは、着地の衝撃が全然違うよ。」
B:「それは速度の問題じゃなくて、エネルギーの問題だ。」
解答例 4-A
Aの最初の発言 (a) 断言。「高いところから落としたほうが速く落ちる」は、条件なしの一般化である。 (b) 改善例:「空気抵抗を無視できる場合、物体を高い位置から落とすほど、着地直前の速度は大きくなる。」──「速く落ちる」を「着地直前の速度が大きい」と定義し、空気抵抗の条件を加えた。
Bの最初の発言 (a) 断言が二つ含まれている。「落下速度は高さに関係ない」は、途中の瞬間速度を考えれば言いすぎである(高い位置から落としたほうが、着地時の速度は大きい)。「どんな物体も同じ速度で落ちる」も、空気抵抗の影響を無視した条件なしの断言である。 (b) 改善例:「空気抵抗を無視できる場合、すべての物体の落下加速度は同じである(重力加速度 \(g\))。ただし、落下する距離が長いほど、着地時の速度は大きくなる。」──加速度と速度を区別し、条件を明示した。
Bの二番目の発言 (a) 条件付き主張に近い。「速度ではなくエネルギー」と関係を修正しようとしている。ただし「速度の問題じゃない」は言いすぎである。着地時の運動エネルギーは速度の二乗に比例するので、速度も無関係ではない。 (b) 改善例:「着地の衝撃の大きさは運動エネルギーに関係する。運動エネルギーは速度の二乗に比例するので、高い位置から落とすと着地時の速度が大きくなり、結果として衝撃も大きくなる。」
小演習 4-B
次の断言を、(a) 直し方A(条件を加える)と (b) 直し方B(関係を修正する)の 両方で書き換えよ。 そのうえで、(c) この主張にはどちらの直し方がより適切かを判断し、 理由を一文で書け。
「磁石は鉄を引きつける。」
解答例 4-B
(a) 直し方A(条件を加える): 「磁石と鉄が十分に近い距離にあり、間に磁気を遮蔽する物質がない場合、磁石は鉄を引きつける。」
(b) 直し方B(関係を修正する): 「磁石は、鉄・ニッケル・コバルトなどの強磁性体を引きつける。引きつける力の大きさは、距離が近いほど大きい。」
(c) 判断: 直し方Aだけでは不十分であり、Bを組み合わせるのが適切である。元の主張は「鉄を引きつける」と言っているが、磁石が引きつけるのは鉄だけではなく強磁性体全般である。これは条件の不足ではなく、対象物の記述そのものが不正確なので、関係の修正が必要である。そのうえで、距離などの条件を加えるAも有用である。
章末課題:断言を条件付き主張へ書き換える
以下の手順に従い、ワークシート(A4用紙1枚)を作成せよ。
題材
次の五つの断言から二つを選ぶ。
- 「熱いものは冷たいものより先に冷める。」
- 「大きい音ほど遠くまで届く。」
- 「物体は丸いほど転がりやすい。」
- 「電気を通すのは金属だけである。」
- 「水は 100°C で沸騰する。」
構成
選んだ断言ごとに、以下の四つの作業を行う。
反例の検討
その断言に対して「成り立たない場面」を一つ挙げよ。 それが反例なのか、条件の違いなのかを判定し、理由を一文で書け。隠れた条件の発見
比較条件・環境条件・定義/測定条件のそれぞれについて、 隠れている条件を少なくとも一つずつ書け。主張の書き換え
直し方A(条件の追加)または直し方B(関係の修正)を用いて、 元の断言をより正確な条件付き主張に書き換えよ。 どちらの方法を使ったかも明示すること。自己査読
書き換え後の主張に対して、「いつでも」テストを行い、 まだ残っている限界を一つ指摘せよ。
評価の観点
解答例:章末課題(模範例)
選んだ断言1:「水は 100°C で沸騰する。」
1. 反例の検討
場面:標高 3,000 m の山頂で水を加熱したところ、約 90°C で沸騰が始まった。
判定:これは条件の違いであり、厳密には反例ではない。元の断言には「1気圧で」という環境条件が暗黙に含まれている。山頂では気圧が低いため、条件が異なっている。ただし、元の断言がその条件を明示していない以上、「条件を書かなかった側の責任」とも言える。
2. 隠れた条件の発見
| 条件の種類 | 隠れている条件 |
|---|---|
| 比較条件 | 純水か、塩水や砂糖水などの溶液か |
| 環境条件 | 気圧は 1気圧(101.3 kPa)か。密閉容器の中か、開放容器か |
| 定義・測定条件 | 「沸騰」は泡が連続的に発生し始めた時点か、液体全体が気化した時点か。温度は液体のどの位置で測るか |
3. 主張の書き換え(直し方A:条件の追加)
元の断言:「水は 100°C で沸騰する。」
書き換え:「1気圧のもとで純水を加熱した場合、液面から泡が連続的に発生する温度(沸点)は 100°C である。気圧が低い環境では沸点は 100°C より低くなり、溶質が含まれる場合は沸点が上昇する(沸点上昇)。」
4. 自己査読(「いつでも」テスト)
「いつでも、1気圧のもとで純水を加熱すれば 100°C で沸騰する」──これはほぼ成り立つが、過熱現象(突沸)に注意が必要である。非常に清浄な容器でゆっくり加熱すると、100°C を超えても沸騰が始まらず、何かのきっかけで突然激しく沸騰することがある。したがって、「沸騰核が十分に存在する通常の条件下で」という限定がさらに必要になる可能性がある。
選んだ断言2:「電気を通すのは金属だけである。」
1. 反例の検討
場面:食塩水に電極を入れて電圧をかけたところ、電流が流れた。食塩水は金属ではない。
判定:これは反例である。元の主張は「金属だけ」と述べており、金属以外の物質はすべて電気を通さないことを意味している。食塩水は金属ではないにもかかわらず、主張の想定する条件(電圧をかける)のもとで電流が流れている。したがって、主張の条件を満たしつつ結論に反しており、反例である。
2. 隠れた条件の発見
| 条件の種類 | 隠れている条件 |
|---|---|
| 比較条件 | 何と何を比べて「通す/通さない」と判断するのか。金属と非金属のどのような物質を対象としているか |
| 環境条件 | 温度はどの程度か(半導体は高温で導電性が上がる)。物質の状態は固体か、液体か、気体か。かける電圧はどの程度か |
| 定義・測定条件 | 「電気を通す」の基準は何か。抵抗率がいくら以下なら「通す」と判断するか。微小な電流でも「通す」と言うのか |
3. 主張の書き換え(直し方B:関係の修正)
元の断言:「電気を通すのは金属だけである。」
書き換え:「常温の固体の中で、特に抵抗率が低く電気をよく通す物質の多くは金属である。ただし、金属以外にも電気を通す物質は存在する。黒鉛(炭素の一形態)は非金属でありながら導体であり、電解質溶液はイオンの移動によって電流を流す。また、半導体(シリコンなど)は条件によって導電性が大きく変わる。」
4. 自己査読(「いつでも」テスト)
「いつでも、常温の固体で抵抗率が低い物質は金属である」──これもまだ言いすぎである。黒鉛は常温の固体で抵抗率が比較的低いが金属ではない。また、導電性高分子(ポリアセチレンなど)も非金属でありながら電気を通す。したがって、「多くは金属である」という表現に留めるのが適切であり、「すべて金属である」とは言えない。
振り返り
この章を終えて、次の二つの問いに答えてほしい。
何が言えるようになったか。 ──反例と条件の違いを区別すること、隠れた条件を見つけること、 断言を条件付き主張に書き換えること、自分の主張を査読すること のうち、自分がもっとも使えるようになった力はどれか。一文で書け。
何がまだ危ういか。 ──上の四つのうち、自分がまだうまくできないと感じる力はどれか。 どの場面で難しいと感じたかを一文で書け。
主張を精密にする力は、この章だけで完結するものではない。 第5章では、ここで扱った「条件」の多くが、 物理のモデルの前提として組み込まれていることを見る。 条件を自覚する力は、モデルを道具として使いこなす力の土台になる。