第4章 計画しないAIは迷う

4.1 導入:メモなしの文化祭準備

文化祭で模擬店を出すことになった。やるべきことは次の8つである。

  1. メニューを決める
  2. 材料の一覧を作る
  3. 買い出しに行く
  4. ポスターを作る
  5. 当日のシフト表を作る
  6. 調理手順を確認する
  7. テーブルと椅子を借りる
  8. 会計の仕組みを決める

この8つを、メモもホワイトボードも使わず、頭の中だけで管理するとしよう。

最初はメニューを考え始める。途中で「そういえばポスターも早めに」と思い出し、ポスターに手をつける。デザインを考えている最中に「材料の値段を先に調べないとメニューが決まらないのでは」と気づき、買い出しリストに移る。買い出しリストを書いている途中で「テーブルは予約制だから急がないと」と焦り、テーブルの手配に飛ぶ——。

結果、どの作業も中途半端なまま時間だけが過ぎる。

これは AI にも起きる。第2章でエージェントループを、第3章で道具を学んだ。道具を持ったループは回る。しかし、何をどの順で進めるかの見通しがなければ、ループは空転する。あちこちに手を出しては中断し、同じ作業を繰り返し、終わったはずの作業をまたやり直す。

この問題を解決するのが計画(todo)——やるべきことを書き出し、状態を管理する仕組み——である。

4.2 なぜ計画が必要か

計画がない状態で AI が長い仕事に取り組むと、何が起きるかを整理する。

問題1:現在地の喪失

「いま8つのうちどこまで終わったか」がわからなくなる。文脈が長くなると、AI 自身も以前の作業を見失う。

問題2:重複作業

同じ調べ物を2回する、同じファイルを2回読むといった無駄が発生する。

問題3:順序の無視

メニューが決まっていないのに材料リストを作り始める、のように依存関係を無視した作業が起きる。

問題4:完了の判断ができない

何をもって「全体が終わった」とするかが不明確なまま、ループが回り続ける。

これらの問題に対処するために、仕事の進め方を4つの段階に分ける。

flowchart LR
    A["① 調べる<br>(Explore)"] --> B["② 計画する<br>(Plan)"]
    B --> C["③ 実行する<br>(Implement)"]
    C --> D["④ 確認する<br>(Verify)"]

AIの4段階ワークフロー

① 調べる:仕事の全体像を把握する。何が必要か、何がすでにあるか、どこに依存関係があるかを確認する。文化祭の例なら、会場のルール、予算、メンバーの人数を調べる段階である。

② 計画する:調べた結果をもとに、やるべきことを小さな単位に分解し、順序をつける。

③ 実行する:計画に沿って、1つずつ作業を進める。

④ 確認する:実行した結果が計画通りかを検証する。問題があれば②に戻って計画を修正する。

この4段階は、物理実験の進め方と同じ構造を持っている。文献調査(調べる)→ 実験計画書の作成(計画する)→ 測定の実行(実行する)→ データの検証と考察(確認する)。物理実験で計画書なしにいきなり測定を始める人はいない。AI の仕事も同じである。

4.3 ToDoは「やることメモ」ではなく「状態機械」

計画を管理する最も基本的な仕組みは、やるべきことの一覧——ToDo リスト——である。しかし、単に「やること」を列挙するだけでは不十分である。各タスクの「状態」を管理することが核心である。

各タスクは、次の3つの状態のいずれかを持つ。

stateDiagram-v2
    pending : 未着手 (pending)
    in_progress : 進行中 (in_progress)
    done : 完了 (done)
    [*] --> pending
    pending --> in_progress : 作業開始
    in_progress --> done : 作業終了

ToDo項目の状態遷移

そして、ここに重要なルールがある。

単独の担当が作業するとき、進行中のタスクは原則1つにする。

なぜか。4.1節の文化祭準備で起きた問題を思い出してほしい。複数の作業を同時に進めようとしたから、どれも中途半端になった。進行中を1つに絞れば、「いま何をしているか」が常に明確になる。(複数の担当がチームで動く場合は、担当ごとに1つずつ進行中を持つ。これは第8章・第10章で扱う。)

文化祭準備を ToDo 板で管理すると、次のようになる。

表 1: 文化祭準備の ToDo 板(初期状態)
タスク 状態
メニューを決める 進行中
材料の一覧を作る 未着手
買い出しに行く 未着手
ポスターを作る 未着手
当日のシフト表を作る 未着手
調理手順を確認する 未着手
テーブルと椅子を借りる 未着手
会計の仕組みを決める 未着手

メニューが決まったら「完了」に移し、次に進める。

表 2: 文化祭準備の ToDo 板(1タスク完了後)
タスク 状態
メニューを決める 完了
材料の一覧を作る 進行中
買い出しに行く 未着手
ポスターを作る 未着手
当日のシフト表を作る 未着手
調理手順を確認する 未着手
テーブルと椅子を借りる 未着手
会計の仕組みを決める 未着手

この仕組みがもたらす効果は3つある。

  1. 現在地が見える:進行中のタスクがそのまま「いまやっていること」を示す
  2. 完了が数えられる:全体の何割が終わったかが一目でわかる
  3. 迷走を防ぐ:進行中が1つだけなので、別の作業に飛びにくい

物理の言葉を借りれば、ToDo 板は系の状態を外部に書き出した状態表示器である。AI の内部状態(文脈の中で何を覚えているか)に頼るのではなく、外部の明示的な記録で状態を管理する。この「内部状態を外に出す」発想は、第6章の文脈管理でも再び現れる。

4.4 良い計画と悪い計画

計画を立てるだけでは十分ではない。計画の質が、作業の効率と正確さを左右する。

良い計画と悪い計画を比較する。

表 3: 良い計画と悪い計画の比較
観点 悪い計画 良い計画
粒度 「レポートを書く」 「データを表にまとめる」「考察を300字で書く」「参考文献を3件記載する」
完了条件 なし(「終わったら終わり」) 「表にデータが10行入っている」「考察が300字以上」
検証手段 なし 「表の行数を数える」「文字数を確認する」
順序 思いついた順 依存関係に基づく順序(データ整理 → 考察 → 参考文献)
見積もり なし 各タスクの大まかな分量がわかる

ここで3つの原則を取り出す。

原則1:タスクは「動詞+対象+完了条件」で書く

「レポート」ではなく「実験データを10行の表にまとめる」。動詞(まとめる)、対象(実験データ)、完了条件(10行の表)が揃っていれば、AI も人間も「終わったかどうか」を判定できる。

原則2:依存関係を意識する

材料リストはメニューが決まらないと作れない。買い出しは材料リストがないとできない。このような依存関係を無視した順序で計画を立てると、途中で手戻りが発生する。

原則3:完了条件に検証手段をつける

「考察を書く」だけでは、何をもって完了とするかが曖昧である。「300字以上の考察を書き、測定値と文献値の比較を含む」のように検証可能な条件をつければ、確認の段階(4.2節の④)で判断できる。

4.5 計画は更新するもの

計画を立てたら、それに従って最後まで進めればよい——と思いたくなるが、実際にはそうならない。

実行の途中で新しい事実が見つかることがある。たとえば文化祭準備で、テーブルを借りようとしたら「今年は貸出方式が変わっていて、1週間前に申請が必要」とわかった場合、計画の順序を変える必要がある。

AI のエージェントでも同じことが起きる。ファイルを読んでみたら想定と違う構造だった。検索してみたら必要な情報が別の場所にあった。こうした発見を受けて、計画を修正するのは当然のことである。

ここから導かれる設計原則は次の通りである。

計画は固定の文書ではなく、実行の中で更新される生きた記録である。

具体的には、次の更新が起こりうる。

  • タスクの追加:予想外の作業が見つかった
  • タスクの削除:不要になった作業を取り除く
  • 順序の変更:依存関係が変わった
  • タスクの分割:1つのタスクが大きすぎたので細分化する

この「計画の更新」を恐れる必要はない。計画の目的は予定通りに進めることではなく、いまどこにいて、次に何をすべきかを常に見える状態に保つことである。

4.6 計画が過剰になるとき

ここまで計画の重要性を論じてきたが、注意すべき反面もある。すべての仕事に精緻な計画が必要なわけではない。

次のような場合、計画を立てること自体が非効率になる。

  • 小さく明確な仕事:「この段落を要約せよ」のような1ステップで終わる作業に、わざわざ ToDo 板を作るのは過剰である
  • 探索的な仕事:何をすべきかがまだわからない段階で詳細な計画を書いても、すぐに全面改訂になる。まず調べてから計画する(4.2節の①→②の順序)
  • 計画のための計画:計画を精緻にすることに時間を使いすぎ、実行に移れない状態。物理実験で実験計画書の体裁ばかり整えて、測定を始めない学生に似ている
ノート計画は遅くするためではなく、迷走を減らすためにある

計画の目的は、仕事を遅くすることでも、管理を増やすことでもない。ループが空転して遠回りするのを防ぐためにある。計画を立てるコスト(時間と手間)が、計画なしで迷走するコストを上回るなら、その計画は過剰である。

目安として、次の判断基準を使うとよい。

表 4: 計画の必要度の判断基準
仕事の性質 計画の必要度 理由
1ステップで終わる 不要 計画を立てるまでもなく完了する
2〜3ステップ、依存関係なし 最小限 箇条書き程度で十分
4ステップ以上、依存関係あり 必要 順序と状態の管理が効率を左右する
未知の領域で手探り まず調査、その後に計画 情報が足りない段階で計画しても無駄になる

4.7 第5章への橋渡し

本章では、AI が長い仕事を安定して進めるための計画の設計を学んだ。道具(第3章)と計画(本章)が揃えば、AI は「何を使って」「何の順に」仕事を進めるかが定まる。

しかし、もう1つ足りないものがある。知識である。

AI がループの中で判断を下すには、判断の材料となる情報が必要である。その情報のうち、いつも必要なものと、特定の場面でだけ必要なものがある。たとえば文化祭準備で、「火を使う場合は消火器の位置を確認する」というルールは調理メニューの場合にだけ必要であり、ポスター作りには関係ない。

すべての知識を最初から AI に渡しておくのか、それとも必要なときだけ参照させるのか——この設計が第5章の主題である。

演習:ToDo板でAIを迷子にしないロールプレイ

形式:4人1組、25分

グループの4人が以下の役割を分担する。

表 5: ロールプレイの役割分担
役割 やること
AI 役 計画に従って作業を進める。次にやることを宣言する
ToDo管理役 ToDo 板(紙またはホワイトボード)を操作する。状態の更新、タスクの追加・削除を行う
実行役 AI 役が宣言した作業の結果を返す(第2章の「道具係」と同じ)
監査役 計画通りに進んでいるか、進行中が1つだけかを確認する

進め方

  1. 以下の課題から1つを選ぶ(または自分で設定してよい)。

    • 「期末レポートの構成を決め、参考文献を3件集め、序論の下書きを作る」
    • 「来月の合宿の宿・交通・食事を手配する」
    • 「グループ発表のスライド10枚の内容を決め、役割分担し、リハーサルの日程を決める」
  2. まず全員で5分間、課題を小タスクに分解して ToDo 板に並べる(4.2節の①②に相当)

  3. AI 役がタスクを1つずつ進める。ToDo管理役が状態を更新する。実行役が結果を返す。監査役は「進行中が2つ以上になっていないか」「順序が計画通りか」を確認する

  4. 途中でイベントカードを1枚引く(教員が用意する)。

    • 「参考文献が図書館にない」「宿が満室だった」「メンバーが1人休む」のように、計画の変更を迫る出来事が書かれている
    • ToDo管理役が計画を修正し、AI 役は修正後の計画に従う

振り返りの問い

  • イベントカードで計画を変更したとき、何が大変だったか
  • 進行中を1つに保つのは難しかったか。破りたくなった場面はあったか
  • ToDo 板がなかったら、どこで迷子になっていたと思うか

章末課題

課題:自分の実際の課題を AI 向け ToDo 板に変換する

いま取り組んでいる(または近く取り組む予定の)大学の課題・プロジェクトを1つ選び、AI に任せるための ToDo 板を設計せよ。

必須項目

  1. タスク一覧(5〜10個):各タスクを「動詞+対象+完了条件」の形式で記述する
  2. 状態の初期設定:すべて「未着手」で始め、最初に進行中にするタスクを1つ選んで理由を書く
  3. 依存関係:タスク間の順序制約を矢印で示す(例:「A → B」は A が終わらないと B に着手できない)
  4. 検証手段:各タスクの完了をどうやって確認するかを1行で書く
  5. 計画変更の想定(1つ以上):「もし〜だったら、計画をこう変える」を記述する

提出形式:A4 1〜2枚(ToDo 板の図と説明文300〜500字)

評価観点

  • タスクが「動詞+対象+完了条件」で書かれているか
  • 依存関係が明示されており、順序に矛盾がないか
  • 検証手段が具体的か
  • 計画変更の想定が現実的か
  • 第2章(ループ)、第3章(道具)の課題と整合しているか(同じ仕事を発展させているか)

第4章のまとめ

本章では、AI が長い仕事を安定して進めるための計画の設計を学んだ。

要点を整理する。

  1. 道具があっても計画がなければ、AI は迷走する。計画は「いまどこにいて、次に何をするか」を見える化する仕組みである
  2. 仕事の進め方は4段階に分かれる:調べる → 計画する → 実行する → 確認する
  3. ToDo は単なるメモではなく、状態(未着手・進行中・完了)を管理する仕組みである。進行中は常に1つだけにする
  4. 良い計画のタスクは「動詞+対象+完了条件」で書かれ、依存関係と検証手段を持つ
  5. 計画は固定の文書ではなく、実行の中で更新される生きた記録である
  6. すべての仕事に精緻な計画が必要なわけではない。計画のコストと迷走のコストを比較する

次の第5章では、AI が判断の材料として参照する知識の管理を扱う。すべての知識を最初から渡すのか、必要なときだけ参照させるのか。この設計が、AI の作業効率と文脈の管理に直結する。