群の掛け算をすべて書き尽くしても,群の姿はまだ見えません. 細部の総覧と,全体の理解は,同じではないからです.
乗積表に新しい記号を足す話として片づけるより,「どの縮尺で群を見るか」を組み替える試みとして読むと,論文の輪郭がはっきりします.中心にあるのは,群の元どうしの働きと,部分群や部分集合がつくる全体像を,どう結び直すかという問題です.
気体を理解するとき,分子を一つずつ追うだけでなく,温度や圧力として全体のふるまいを捉えます.これになぞらえ,高村氏が群の元どうしの積を「ミクロ積」,部分群や部分集合どうしの積を「マクロ積」と呼び,両者を相補的に扱うのが本論文の構想です.続けて行える操作の集まりに,単位となる操作と逆向きの操作があり,三つの操作を続けるとき,最初の二つを先にまとめても,後の二つを先にまとめても結果が変わらなければ,その集合を数学では「群」と呼びます.
点から線,線から面へと見る対象の次元を上げるように,本論文は群の元を0次,部分群やコセットを1次,両側コセットを2次と位置づけ,さらに複数の部分群やコセットを掛けた高次の対象へ進みます.群の任意の部分集合の積が「フロック」,その両端が部分群であるフロックが「ギルド」です.これにより,古典的群論が主に扱ってきた部分群やコセットだけでなく,群の任意の部分集合まで視野に入ります.
複数の入力を一つの出力へまとめ,同じ出力を生む入力の組を逆にたどる場面を考えると,次の概念をつかみやすくなります.「シナジー」は,部分集合の直積にある元の組を,その積として得られる元へ写し,ミクロ積とマクロ積を結ぶ上部構造です.一つの出力を与える入力の組全体を「ファイバー」と呼び,これはその元の表示すべてを記録します.
この枠組みで,論文がまず示すのが「シナジーの構造定理」です.ギルド上の任意のシナジーを両側コセットごとに見ると,同じ両側コセット上のすべてのファイバーは集合として同型になります.シナジーの全域が一様なのではなく,両側コセットへの分解が,ファイバーの型がそろう領域を与えるのです.
次に,有限ギルド上のシナジーについて「相乗的位数公式」が示されます.直積を構成する各成分の位数の積は,両側コセットごとに,重複度と,部分群 H と各代表元で共役した部分群 K との交わりの位数とを掛け,それらを足し合わせた量に等しくなります.これは,シナジーのファイバーを数え上げることで得られる組合せ公式です.
特に興味深いのは,任意の部分集合 A を一点集合にすると,この高次の公式が古典的な両側コセットの位数公式へ戻ることです.新しい理論は古い公式を押しのけるのではなく,より広い数え上げの一例としてその位置を示します.さらに A を一般の部分集合とした式は,代数曲線の次数の積を,交点ごとの交差重複度の総和で表すベズーの定理と似た構図をもち,論文では「ベズー型定理」と位置づけられます.
ここで組み替えられる前提は,群の幾何が,群を外から図形に置き換えたときだけ現れるとは限らない,という点です.元の表示の集まりをファイバーとして動かし,両側コセットで分解し,その個数を数える.この一連の動きから,群の組合せ公式,代数幾何的な対応,シナジーの「2次の項」が型を決めるというモース理論的な側面が,同じ座標系に現れると読めます.
もちろん,論文自身が述べるように,高次群論はまだ発展途上であり,現段階では見えていないことも多々あると思われます.一方で,可換な世界のベズーの定理と,非可換な世界のベズー型定理に共通の形が現れる根源的な理由は,本文でも問いのまま残されています.式の類似が示されたことと,両者を生む共通原理が解明されたことは,分けて受け取る必要があると読めるでしょう.
高村氏は,古典的群論との深い関係を認めつつ,高次群論を独立した興味の対象として提示します.その射程を自ら発展途上にとどめ,共通原理の有無を未解決の問いとして明記する切り分けは,新しい枠組みの現在地を確かめる手がかりになります.
ミクロは,一つの積を刻む.マクロは,積の群れを描く.両者が結ばれるとき,群の幾何は動き出す.
読後メモ
正直なところ,群の話は私にはかなり難しいです.それでも,ミクロとマクロをどうつなぐかという問いは,物性の研究でも絶えず悩まされてきたことがらです.物質のマクロの側には,熱力学という,容易には覆らない理論が控えています.では,群の積の世界に,それに当たる理論はあるのだろうか.論文が開いたままにした問いの隣に,この問いも置いておきたくなります.